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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第368話 道中での遭遇08

冬の夜気は冷たく、しかしどこか澄んでいる。夕食の温もりが去り、焚き火の赤は静かな残り火となっていた。


周囲ではフリードたちが片付けを進め、サクラは夕日を見上げて、すぐに自分のテントに入っていった。犬と猫は焚き火の前に置かれた毛布に包まれている。


そのそばではソニアがシャノンを起こすかどうか逡巡していた。すると、サクラの呼ぶ声に反応した二匹は嬉しそうにサクラのテントへと入っていく。一人取り残されたソニアが寂しそうに佇んでいた。



焚き火の少し離れたそばで、エコニックとエスパーダは並んで腰を下ろしていた。


彼女の肩はかすかに震えていた。寒さではない。それは、自身の信じていたものの崩落に向き合う者の震えだった。


「……エスパーダ様」エコニックは絞り出すように口を開いた。


「私は、教国がこれからどうなるのか……そして、私はどうすべきなのか、分からなくなってしまったのです。神を疑っているのではありません。エスパーダ様も去ってしまい、ただ……教国への信頼だけが、もう……」


言葉はそこで途切れた。喉が震え、次の音を拒んでいる。


エスパーダは火の粉が風に溶けていくのを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「……それは、誰かが教えてくれるものではありませんよ。エコニックさん。道というのは、自分で探し、自分で歩き、自分で間違え、自分で悔いることでしか見つけられないものです」


彼女が顔を上げる。その瞳は迷子の子供のようだった。


「あなたは知っているはずでしょう」


エスパーダはやさしく、しかし逃げ道を塞ぐように続ける。


「見て見ぬふりをしてきた真実を。自分の無力を理由に遠ざけてきた現実を。施しができたのは、あなたに余裕があったから。しかし、その余裕がなくなると──“私には無理だ”と、心のどこかで諦める」


エコニックは目を伏せた。拳が震えている。


「けれどそれは、あなた一人の弱さではありません」


エスパーダは言葉を柔らかくした。


「人の心とは水のようなものです。かき混ぜれば濁り、放っておけば澄む。濁りが本質ではないのですよ。あなたの心も、教国の心も。……ただ、誰かが水をかき混ぜなければ、濁りの底は永遠に見えぬままなのです」


エコニックの喉が動いた。


「……誰か、が……?」


「ええ」


エスパーダは微笑を浮かべた。


「それを私はフリード様とヴェゼルさんに、つい期待してしまうのです。二人は、ただ人を殺す道を選んだだけではありません。最も悲しむ者たちを守るために必要な“最小の悪”を引き受けた。完全なる悪に抗うには時間が足りません。だからこそ、“最大公約数の幸福”を優先しなければならない。何かを成そうとするならば、時にはそのために何かを捨て去ることも必要なのですよ」


エコニックは息を呑む。


「最大、公約数……」


「今の教国のそれは、“高位の聖職者だけ”に向けられてしまっている。だから国が濁ってしまったのでしょう」


エスパーダは静かに言い切った。


「本来は“民すべて”が最大公約数でなければならない。ビック領を見て分かったのです。人が幸福を得る条件は、実に単純です。陽の下で働いて、腹を満たし、眠れる場所があり、信頼できる家族があれば、それで人は笑えるのですよ。……この遍く世界で、それを実現しているのはあそこのビック領だけだと思いますよ」


焚き火の火がぱちりと弾ける。


エコニックはその光を見詰めながら、ゆっくりと呟いた。


「……私は……私は、何を、すべきなのでしょうか……」


エスパーダはわずかに笑みを深めた。


「まず、その問いが正しいのです。あなたは既に“知っている”はずです。私が最初にあなたを見出したのは偶然ではありません。あなたの中には、人を救いたいという英雄の片鱗があった。だからこそ私は、あなたを信じたのです。力で全てを薙ぎ倒すだけが英雄ではありませんよ? 自分の持った理想を自分に約束をすること。それこそが真の英雄なのだと私は思います」


エコニックは小さく息を呑む。頬に熱が差し、胸の奥が震えた。


「覚えておいてください」エスパーダの声は、焚き火よりも深く響いた。


「賢さは生まれ持つものですが、やさしさは“選択”です。真の英雄とは、自らの愚を知る者。あなたは今、その入口に立っている。何事も、成功するまでは不可能に見える。だが──決めたのなら、後は行動するだけなのです」


少し、沈黙が落ちた。夜風の音が、悩める者に寄り添うように吹き抜ける。


やがてエコニックは深く、震える息を吐き出した。


そして、ゆっくりと顔を上げる。瞳には先ほどまでなかった明瞭な光が宿っていた。


「……私も……真実を探し出すために……フリード様とヴェゼルさんに、同行させていただけませんか」


エスパーダはその願いを否定も肯定もせず、ただ静かに首を振った。


「その答えは、私に求めるものではありませんよ。まず向き合うべきは──フリード様……ではなく、きっと、ヴェゼルさんですね。あなたの道は、あなた自身で選びなさい。彼に話す覚悟が、あなたの第一歩になります」


エコニックは小さく、しかし確かな声で頷いた。


焚き火がぱちりと弾けた音は、まるでその決意を祝福する合図のようだった。

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