第365話 道中での遭遇05
エスパーダがエコニックとフェートンに向かって問い返した。「これからあなた方はどうされるつもりですか?」
その時ちょうど、死体を片付け終えたヴェゼルとフリードが戻り、プレセア、ソニア、着替えを終えたフェートンも近づいてきた。
ヴェゼルが冷ややかに口を開く。
「その女たちはどうします? これから向かう場所には邪魔でしょう?」
その一言で、エコニックもフェートンも肩を跳ねさせた。
フリードも腕を組んだまま、現実的な声で続ける。
「確かに連れて行くのは厳しいな。とはいえ、ここへ置き去りにもできん。あの村へ戻すにしても、馬も逃げたようだし、二人じゃ無理だろうな」
エスパーダも困り顔で頷いた。
「そうですね。私はもうフリード様たちと同行すると決めていますから」
エコニックは意を決し、声を震わせながら言う。
「……教国の聖都より、メリーバ村の方が近いのでフェートンと二人で、そちらへ向かいます。そこから助けを呼んでもらいます」
ヴェゼルは深いため息をつき、短く告げた。
「なら……プレセアさんとソニアさんにお願いするか、それともルドルフとシャノンがついていくか。どちらかで大丈夫でしょう。俺たちはさっさと急ぎたいんで」
プレセアとソニアはすぐに小声で相談し、決意を固めたように頷いた。
「エコニックさんとフェートンさんは、私たちがメリーバ村までお連れします」
そこでおずおずとソニアが、フリードとヴェゼルに向かって言った。
「その……もしよろしければ、シャノンちゃんは念のため護衛として、私が連れて行ってもいいですか?」
ヴェゼルはシャノンを見る。シャノンは大きな欠伸をしながら尻尾を揺らす。
「俺はソニアと一緒でいいよ。そのかわりソニアは俺の抱っこ係ね」
その言葉を聞いてソニアは目を輝かせて深く頷く。
その異様な光景に、エコニックとフェートンは息を呑んだ。
「ね、猫が喋った……? ま、まさか、魔物……?」
ヴェゼルは二人に冷たい視線を向け、釘を刺すように言った。
「シャノンは俺の仲間だ。悪意を向けない限り、ただの…可愛い猫だ。……だが、その存在を誰かに喋ったり、危害を加えるなら──その時は俺が容赦しない」
エコニックとフェートンは、顔をこわばらせ、同時に小さく頷くしかなかった。
盗賊の影が雪原から完全に消えた頃、ただ冷たい風だけが戦の匂いを運んでいた。
血に濡れた雪は、薄闇の下で鈍く光り、踏みしめるたびにざくりと湿った音を立てた。フリードが口を開く。
「……今日は少し早いが、ここらで野営とするしかあるまい。さて、エコニック殿──そこの兵士たちの遺体は、どう扱うべきだ?」
エコニックは震える指先を胸前で組み、淡く息を整えながら答えた。
「魔物に荒らされぬよう……ひとまずは土にお戻しいただければ。後ほど、相談のうえ掘り返して葬儀を整えます」
言葉は落ち着きを装っていたが、その目には暗い影が揺れていた。
フリードは黙って頷き、襲われた馬車に括り付けられた簡易工具を引き抜くと、身体強化で雪と土をまとめてえぐり取っていく。
積雪ごと吹き飛ぶような速度で穴が掘り進むさまは、普段の陽気さとは違う鋭さを感じさせる。
十五分も経てば、六人を静かに迎え入れるだけの広さの墓穴ができていた。
ヴェゼルとエスパーダが遺体を丁寧に運び入れる。
エコニックは一人ずつの髪を一房切り、指先に祈りをこめて袋につめていく。フェートンも隣でそっと手を組み、雪に沈む空を仰いだ。
やがて土が戻され、祈りの声だけが短い風に揺れた。
血臭の残る場所を避け、一行はそこから少し離れた小さな林の近くへ移動し、雪を払いのけて野営の支度を進めた。
ヴェゼルが収納箱から取り出したテントが次々と展開され、焚き火の薪が組まれる。プレセアとソニアが火花を散らし、すぐに温かな炎が寒気を押し返した。
鍋に吊られた水がぐつぐつと沸きはじめると、戦いで返り血を浴びたフリードとヴェゼルの頬と手はすでに乾いて固まり、まるで石膏のようにひび割れていた。湯で湿らせた手拭いで顔を拭くと、二人の表情にようやく人心地が戻る。
「次はわたくし達が……」とフェートンが遠慮がちに言い、エコニック、プレセア、ソニアも順番にテントで身体を拭う。
エスパーダも片腕で拭き、ヴェゼルもそれを手伝って静かに息をつく。
その様子を見ていたルドルフとシャノンまで尻尾を揺らして“自分も”と主張したので、半ば呆れながらルドルフから順に拭ってやった。
シャノンはソニアが抱き上げて丁寧に拭き、喉を鳴らして満足げに目を細めた。
今日はいろいろなことがあったから、皆お腹が空いているようだ。まだ陽は高かったが夕餉の準備が終わる頃には、鍋からは魔物肉と野菜の甘い香りが立ちのぼる。
気づくと、皆が鍋の周りに集まっていた。フリードたちがふわふわのパンを頬張ると、エコニックの腹がぐう、と静寂を破った。
フリードが朗らかな声で言う。
「腹が満たされなければ、心まで沈んだままだぞ。食え」
エコニックは小さく祈りを唱え、遠慮がちにパンを手に取る。触れた瞬間、その指がぴくりと震えた。フェートンも隣で思わず声を上げる。
「な、なんて柔らかさ……!」
その喜びようにプレセアとソニアがくすりと笑い、フリードは「だろう?」と得意気に鼻を鳴らした。
スープの一口目を飲んだフェートンは、目を大きく見開き、息を呑むように呟く。
「……美味しい……こんなに優しい味、初めて……」
エコニックも静かに頷き、湯気の向こうで少しだけ表情が和らいだ。
犬も猫も、皆が満たされていく空気の中──。
ヴェゼルのポケットがもぞり、と蠢いた。




