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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第364話 道中での遭遇04

エコニックは言葉を失い、侍女はようやく危険を悟って二人の間へ身を割って入ろうとする。しかしそれより早く、ヴェゼルが低く囁いた。


「……収納」


エコニックの目の前に、黒い靄がふっと生まれた。


あの時──盗賊たちが次々と崩れ落ちていった、あの禍々しい靄。


左腕、両眼、両脚……盗賊の頭領が何もできぬまま削ぎ落とされていった光景が、エコニックと侍女の脳裏へ再生される。


それが今、自分に向けられる。それを理解した瞬間、二人とも凍りついた。


ヴェゼルの詠唱が僅かに続く。


「左ひ──」


そのときだった。


ヴェゼルの左手──収納箱を握る手首が、後ろから強く掴まれた。


エスパーダの叫びは、雪原の静寂を裂く刃のようだった。凍える雪原の中、その一瞬だけが異様に生々しく響いた。


「ヴェゼルさん! 待ってください!」


その声に、ヴェゼルの詠唱は寸前で止まった。黒い靄が一瞬震え、音もなく霧散する。死の影が消えた事実に、エコニックの瞳が揺れ、凍りついた声が漏れた。


「……エスパーダ様……? そして……ヴェゼル…ってあの…ビック領の?」


侍女は震えながら視線を彷徨わせ、次の瞬間、息を詰まらせて叫んだ。


「ひっ……! あ、あの……ビック領の鬼子……!」


そこへ、父フリードがゆっくりと近づいてきた。巨影が雪を踏み砕く音が、侍女の心を砕く音と重なる。


エスパーダが名を呼ぶ。


「フリード様! いったいどういう……」


その名を聞いた瞬間、エコニックと侍女の顔色は同時に蒼白へと変わった。


教国にまで悪名が届く──“バルカン帝国ビック領の鬼親子”。


その二人が返り血に濡れて目の前に立ち、つい先ほど盗賊数十名を一息で潰したのだ。侍女は耐えきれず、雪に崩れ落ちた。嗚咽とともに、また股間を濡らしてしまう。


エコニックでさえ呆然としたまま動けない。


(──ああ、噂は本当だったのだ)


教国の聖職者は誰であろうと殺す。教国を最も憎んでいる子供。


死の予感は怖ろしく、その一方で確かな安堵でもあった。これで終わりが訪れるなら、この腐り果てた役目から解放される──


父のこと、アルシオーネ家のこと、アトミカ教の虚構、教国の民の苦しみ……すべてが走馬灯のように脳裏を駆け抜ける。


(最後に敬愛するエスパーダ様に会えた。それだけで……)


エコニックは静かに膝をつき、両手を合わせ、そっと目を閉じた。死を受け入れる者のそれだった。


その姿を見て、エスパーダは震える声でヴェゼルとフリードへ訴えた。


「ヴェゼルさん、フリード様、どうかお待ちください!

この方は私の教え子であり、アトンの友でもある……エコニックさんです。教国の聖女として、彼女は数少ない“良心”なのです。彼女を殺してしまえば……教国は、本当に、もう立ち直れません!」


しかし、ヴェゼルの目は硬い石のようだった。


「……でも、俺はヴァリーさんに誓ったんだ。教国の聖職者は──殲滅すると。俺の中で教国は民も含めて、どうでも良い存在だ」


その言葉に、エスパーダは一歩踏み出した。


「エコニックさんは、教国を誰よりも思い、誰よりも憂い、そして誰よりも憎んでいます。教国の腐敗を、内側から正そうとしている……そんな方なのです。ですから、ヴェゼルさん。どうか猶予を。この方の為人を──その目で見てから判断してください」


フリードも口を開いた。


「ヴェゼル。エスパーダさんの言うことにも一理ある。俺たちには教国の民なんざ関係ないが……無関係な奴らまで巻き込むのは、気分が悪い」


ヴェゼルはわずかに眉を寄せ、しぶしぶと頷いた。だが視線だけは、エコニックと侍女へ冬の刃のように冷たいままだった。


その緊張がわずかに弛んだ頃、雪の向こうから足音が近づく。


プレセア、ソニアが合流した。その二人を守るように、犬と猫もやってくる。


凍える空気の中、張り詰めた気配だけがまだ消えずに漂っていた。



風の流れに混じって、血の匂いが鋭く鼻を刺す。白い雪原には、盗賊と兵士の血が幾筋もの赤い血溜まりが、冷えた空気に鉄臭が張りついていた。


フリードは周囲を見渡すと、落ち着いた声で告げた。


「まずは亡骸を並べよう。兵士たちは丁重に。盗賊の死体は………そうだ、あそこの林へ捨ててこよう。プレセアさんとソニアさんは…」


その目配せに反応し、プレセアとソニアはエコニックと侍女フェートンの傍へ寄り添うように付き添った。


ルドルフは無駄口一つなく頷くと、すぐさま倒れた盗賊の服に噛みついて引き摺り、赤い尾を引くように林の方へ運んでいった。


シャノンはというと、所在なげに尻尾を揺らしつつ「俺は荷物番にしておく」と言わんばかりに荷物の上にちょこんと座り込む。


ヴェゼルとフリードとエスパーダは、まず兵士たち六名を雪の上に横一列に並べた。吐く息が白く揺れ、冷え切った戦場に、ほんの一瞬だけ静寂が戻る。


ようやく気を取り戻したエコニックは、小さく膝を折り、手を合わせて深い祈りを捧げた。声は出さず、ただ胸の奥から滲む祈念だけを雪へ落とす。


エスパーダは既に教国とアトミカ教を離れて久しい。教国の祈りの形式はやめたが、亡骸へ敬意を払うように、静かに頭を垂れ目を閉じる。


その間、プレセアとソニアは震えの止まらぬフェートンの着替えを手伝い、体温を戻すべく毛布を肩に掛けていた。


ヴェゼルとフリードは迷いもなく次の盗賊の死体へ向かい、林へ引き摺っては戻るを繰り返す。雪上に残る血の筋は二人の履歴のように淡々と刻まれていく。フリードは一度に数人を抱えて林の中に消える。


祈りを終えたエコニックに、エスパーダが声をかけた。


「お久しぶりです、エコニックさん。本当に……すっかり立派になられた。あなたの活躍は耳にしておりました」


エコニックは大きく息を吐き、震えの残る声で返した。


「エスパーダ様……。その……なぜビック領の方々と同行されているのですか? まさか……奴隷や、人質などでは……ありませんよね?」


エスパーダは苦く微笑む。


「話せば長くなりますが……今はビック領で世話になっているのですよ」


それが逆に、エコニックの混乱を深めた。


教国を追放されたのは知っている。総主教とも義絶して去っていったのだ。


──なぜ本来ならば、ヴェゼル達を最も憎んでも良いはずのエスパーダがビック領にいるのか。しかも、自身の腕を斬り落とした当の領主一族と共に行動しているのか。


理解が追いつくはずもない。



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