第361話 道中での遭遇01
三日目。今日は冬なのにも関わらず、太陽が出て気持ちの良い日だ。
ヴェゼルたちの旅路は、異様なほどに順調であった。見た目だけなら、随分と愛らしい犬と猫――しかし、その正体はルドルフとシャノンという、名うての魔物である。
その二体が一行の前後を静かに固めているだけで、森に潜む獣や魔物たちは近づく前に察し、あるいは、察する間もなく消えてゆく。サクラもすれ違う人も少ないので、ヴェゼルの周囲をふよふよと飛びながらクッキーを齧っている。
解体の手間を省くため、食用になりそうなものは次々に収納箱へ放り込み、そうでないものは、ルドルフが黙って森の奥へと引きずっていく。小柄なその体で、遥かに大きな魔物を引いてゆく光景には、何度見ても現実感が追いつかなかった。
最後尾では、相変わらずの笑みを浮かべたソニアが、シャノンを抱きしめて鼻歌まじりに歩いている。その様子を横目に、ルドルフはちらりとヴェゼルを見て、どこか名残惜しそうな仕草をした。
抱っこか、おんぶか、そのどちらかを期待しているのは明らかだったが、先日の一件を思い出したヴェゼルは、無言で首を横に振って応じない。
そのときだった。
谷間に溜まった薄霧を裂くように、遠く後方から硬質な蹄鉄の音が近づいてきた。
振り返れば、騎馬兵に挟まれた豪奢な馬車がゆっくりと進んでくる。磨き上げられた漆に金装飾、ゆがみのない車輪、そして馬具の金具さえ貴族階級のものだと告げていた。
フリードが瞬時に表情を引き締め、ヴェゼルも同じように体を強張らせる。
「……避けるぞ。無用な詮索は避けたい」
その言葉に、プレセアが犬をソニアが猫を抱え、静かに隊列を側道へ退かせた。サクラも空気を読んだのか、口に入れかけたクッキーを名残惜しそうに飲み込み、すぐにヴェゼルの胸ポケットへと避難する。
エスパーダは迷うことなく帽子を深くかぶり、影のように佇んだ。彼の片腕の袖のゆらぎが、どこか戦場前の緊張に似て見える。
馬車がすぐ横を通りすぎる。
騎馬兵の一人が、明らかに鍛え上げられた体つきのフリードと、長身で異様な雰囲気を持つエスパーダに鋭い視線を投げた。
その視線は一瞬だったが、見咎められれば──面倒が起きるのは明らかだった。
ヴェゼルは息を詰めながら、騎兵がそのまま前だけを見て走り抜けていくのを確認する。
馬車の窓の奥では、薄いレースカーテンが揺れただけで、中の人物はついに姿を見せなかった。貴族か、教国の高官か、どちらでもよかったが、今日の彼らにとっては“知られないこと”こそが最善だった。
フリードが小声で呟く。
「……助かったな」
ヴェゼルも頷き、視線を落として小さく息を吐く。
サクラが小さくポケットから顔を出す。
「馬車かぁ。中は暖かいんでしょうね。でも、乗り心地はヴェゼルに比べたら屁でもないわよ!」
ヴェゼルはその言葉を聞き、「俺は馬車と同じ扱いかよ」と小声でつぶやいた。
その強がりにルドルフが真似して胸を張り、シャノンはソニアの腕の中でくすりと笑う。その小さな仕草に、先ほどまで張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
エスパーダは帽子を少し持ち上げ、進み去った馬車の方向をちらりと振り返る。
「あれは教国の高官の馬車ですね。いずれ正面からぶつかることになるかもしれませんが、今はまだ時ではありません。……さぁ、参りましょう。この道を抜ければ、夜営の場所まであと少しです」
こうして一行は、すれ違った馬車に何の記憶も残させぬまま足早に進み、再び森の奥へと姿を消していった。
風の音が戻り、谷の霧がゆっくりと散っていく。まるで、先ほどの緊張すら吸い込んでしまったかのように。
正午過ぎ――
ふいに、ルドルフの耳が鋭く立った。しばらくすると、風に紛れて人の声、叫び、そして金属のぶつかる音が遠くから届く。
「……争いだな」
退屈を持て余していたフリードが、即座に顔を上げる。
「面白そうだ。ルドルフとシャノンは待機な、もう散々暴れたろ? ヴェゼル、お前は来い。運動の時間だ」
有無を言わさぬ口調でそう言うと、彼は森の中へ駆け出した。ヴェゼルもそれに続く。
開けた場所に出た瞬間、光景は一変した。
馬車が一台、横倒しになり、その周囲を、身なりの悪い男たち――およそ三十名ほどの盗賊の類が囲んでいる。護衛と思われる兵士たちは、背中に弓矢や剣に刺されたり、すでに動く気配がなく、数名が地に伏していた。
そして、最後に残ったのは、二人の女性のようだった。盗賊が追い詰めている。
ひとりは、どう見ても訓練を受けたことのない侍女らしき娘。両手に短剣を握り、震えながらも、必死に前へ出ようとしていた。もうひとりの身なりの良い女性をかばうように立っている。
その後ろの人物は、装いからして聖職者であることが分かったが、あまりの事態に顔色を失い、言葉も出せずにいた。
そこへ、フリードが割って入る。
「どういう状況だ?」
低く問いかけると、侍女は青ざめたまま、必死に言葉を継いだ。
「と、盗賊に……突然……護衛の兵士の方々が……」
小さく頷きながら涙をこぼす。
フリードは状況を一目で察した。男たちへと向き直る。
「――最後通告だ。死にたくなければ、武器を捨てて、地に伏せろ」
盗賊たちは一瞬、場違いに静まり返った後、下卑た笑い声を上げた。
「なんだぁ?その女たちが欲しいのか?あとでお前らにも――」
言葉の途中で、空気が斬れた。
次の瞬間、その男は瞬時に首を飛されて、ゆっくりと崩れ落ちた。何が起きたのか理解する間もなく、フリードの剣はすでに血を払っている。
「――下衆は、喋りすぎだ」
続けざまに、円を描くように一閃。数人の男たちが次々に倒れ込み、残った盗賊の顔色が、一斉に変わった。
侍女と聖職者の女は、声にならない悲鳴を漏らし、震える。
背後の闇を踏み砕くように、巨体が一歩、また一歩と雪に足跡を刻みながら現れた。鈍く光る斧を肩に担ぎ、獣のような息を吐き出しながら、その男はフリードの背を見て声を張り上げる。
「おい……まさかとは思ったが……フリードじゃねぇか。冒険者は、とっくに引退したって話じゃなかったか?」
低く濁った笑いが、冷たい空気を震わせた。




