表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/343

第35話 アビーの来訪

 冬を前にして、アビーが明日久々に遊びにくるという。



最近、ヴェゼルは自身を見ていて、少し奇妙なことに気づいた。


転生してこの世界に来た当初は、感情の起伏が大きく、ちょっとしたことで興奮したり、「オヤジ心」がむき出しになることが多かった。


家族にとっては可愛らしい部分でもあったのだが、最近、その反応があまり見られなくなってきたのだ。


思えば、あの騒がしい転生初期のヴェゼルは、今の落ち着きのあるヴェゼルとは少し違っていた。何かにつけて興奮し、感情を爆発させ、笑いも涙も全力だったように思う。


僕は時々、その「元の世界の自分」が少しずつ馴染んできているのだろうか、と思ったりもした。けれど、正直に言えば、本当に魂が馴染んだのか、それとも単に年月と経験で落ち着いたのかはわからない。


不思議なことに、彼の感情はほとんどの相手に対して穏やかに抑えられているように見えるのに、アビーに対してだけは過剰に反応するようになっている。


些細なことでも、驚いたり、嬉しさが爆発したり。




「……なんでだろう」


ヴェゼルは手を擦りながらつぶやく。


「僕、普通のことはそんなに変わらないのに…アビーだけは…」


彼自身も理由がわからないようだった。ただ、目の前の小さなアビーの存在が、何かを呼び覚ますのだろうか。


僕はそっと横に座って、自分自身に言い聞かせる。


「気にしなくてもいいんじゃないか。君自身も、まだ自分の魂に馴染んでいく途中なのかもしれない。アビーにだけ反応するのも、それが君の一部なんだろう」


ヴェゼルは目を閉じ、小さく息をつく。


「そうかもしれない。でも、変な感じだな……」


それでも、静かに作業を続ける。土を耕し、種を撒き、雑草を抜く。目に見える成果も、目に見えない魂の調整も、どちらも少しずつ進んでいるのだろう。


それにしても、アビーの存在がこんなに影響を与えるとは……少し笑ってしまうくらい奇妙だ。転生した世界でのヴェゼルの魂と、今のヴェゼルが少しずつ馴染み始めた中で、唯一の不安定要素が彼女なのかもしれない。


「まあ……いいか」


ヴェゼルがにっこり笑った。


「変な感じだけど、アビーと一緒にいると楽しいし、なんだか安心するんだ」


僕は微笑む。確かに、彼にとってそれが自然で、必要な感情の発露なのだろう。転生当初の騒がしいオヤジ心は薄れても、ここにしかない特別な心の動きが残っている。それは、彼の魂が完全に馴染んだ証拠でもあるのかもしれない。







領館の隣の畑での作業がひと段落した午後、ヴェゼルは興奮気味に顔を上げた。


遠くから、見慣れた小柄な姿が駆けてくる。アビーだった。バーグマンと護衛騎士も後ろから歩いてくる。


「ヴェゼル! ご無沙汰ね!手紙ひとつくれないで!?」


アビーの声に、ヴェゼルは思わず身体を跳ねさせる。普段の作業中の落ち着きはどこへやら、顔が赤くなるのが自分でもわかった。


「え、あ、ごめん、いろいろ忙しくて」


言葉はつっかえがちで、手も自然と土をいじる動作に戻ってしまう。オデッセイはその様子を横目で見て、微笑ましそうに首をかしげた。


「それでね!」アビーがさらに続ける。「弟のオースチンが生まれたの!もう、すっごく自慢したくなるくらいかわいいの!」


アビーは両手を胸の前で組み、目を輝かせながら報告する。ヴェゼルは思わず小さな声で「そ、そうか……おめでとう……」と返す。普段は冷静なヴェゼルも、アビーの興奮に影響されて少し動揺している。


「でね、私、最近魔法の訓練を始めたの!」アビーは得意げに指を天に向けて詠唱の動作をする。小さな光の粒が指先からふわりと浮かび、空中で星のようにきらめく。ヴェゼルの目がぱっと輝いた。


「わあ……すごい!」ヴェゼルは思わず拍手し、歓声を上げる。彼の反応は大げさで、オデッセイやフリードも少し笑ってしまう。


「じゃあ、僕もやってみる!」ヴェゼルは手を前にかざし、収納魔法を行った。畑の端の小さな白い花を手元に引き寄せてアビーに「プレゼント」と呟き渡す。少し手が震えたがなんとか制御できた。


アビーは目を丸くして、「すごい!ヴェゼルも魔法できるんだ!」と歓声を上げる。


ヴェゼルは恥ずかしそうに顔を赤くし、照れ隠しに土の上に手をついて前屈するような動作をしたが、内心では喜びが爆発していた。アビーに褒められることで、心の奥の「嬉しい」感情が一気に噴き出したのだ。


「ヴェゼル、今の完璧だったわ!」アビーは手を叩いて褒める。ヴェゼルはその言葉でさらに頬を赤らめ、口元が引きつるように笑う。「そ、そんな……」と言いながらも、目はきらきらと輝いていた。



畑の中で、アビーの小さな魔法の光と、ヴェゼルの試みる収納魔法が交差する。


二人の子どもはお互いの存在によって少しずつ成長し、互いに刺激しあっているのがわかる。


ヴェゼルの魂が転生の影響で少し揺れ動くことも、アビーの無邪気な純粋さが彼を引き上げてくれることも、オデッセイは静かに受け止めていた。


日差しが柔らかく畑を照らす中、笑い声や歓声が響く。森や畑での作業の合間に、こうしたひとときが彼らの絆をさらに深めていく。ヴェゼルは今日も、アビーの一言一言に心を揺らされながらも、自分の魔法の成長を実感し、喜びをかみしめていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ