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第319話 そして帰る03

ヴェゼルは現状を冷静に分析する。このまま普通に剣や槍で戦っていても数の暴力に晒されて蹂躙されてしまいそうだ。収納で体の一部を収納していっても埒が開かないだろう。一瞬、剣を握るか迷ったが、アビーとの実験で得た知識が頭をよぎる。


「そうだ……あれを使うってみようか」


「みなさん、後10秒だけ耐えて! 広範囲魔法を使います! 俺を信じて後に下がる用意を! キャブスターさん! 10秒数えてください!」


三人は半信半疑で頷き、キャブスターは大声で秒数を数える。グールの攻撃をかわしながらも徐々に距離を取り、ヴェゼルの合図を待つ。


キャブスターは数を叫びながらも雪を蹴り上げ、そのわずかな間にグールの動きを制御しつつ、ソニアとプレセアは連携して後方への退路を確保していく。


ヴェゼルがキャブスターの「1、2、3……」というカウントを聞きながら、その場にしゃがみ込み、地面の雪をかき分けて土を露出させ、それを収納箱に吸い込んでいく。



ヴェゼルは雪原の殺意を真正面から見据え、小さく息を整えた。少年の声は微かだが、白い空気の層をきっちり震わせた。


「共振位相」


収納箱に触れた指先から、土の粒子が微細な層となって宙へ浮かぶ。粒子は温度と振動を同時に増幅し、金属を焼いて溶かす直前のような赤に染まる。冷え切った雪原の空気の中、その異様な熱は逆に異常な静寂を生み、戦闘音さえ押し潰すように空気を重くした。


キャブスターは上空を見つめてその異様な光景に慄きながらもカウントを続ける「……5……6……7……」


ヴェゼルは上空に視線を逸らさず呟く。「雪の質量は水蒸気になると圧に変わるから、この環境はむしろ有利な状況になる…」


キャブスターは前方の闇を見据え、短く息を吸う。そしてカウントを刻む。「8……9…」


キャブスターのカウントが告げる。「……10!」


粒子は雪煙の上で、まるで“火口”として膨張の瞬間を待つ。世界は音よりも、質量の変化の方が先に満ちていた。

そしてヴェゼルは一気それに粒子を落とす。


「いけっ!」ヴェゼルが叫んだ瞬間。


世界は破裂した。



その瞬間、この周辺に音がなくなった。


風も、雪も、森の黒も、音そのものが奪われ、時間の裏側に引きずられたような一瞬の静寂が訪れる。


蒸気爆発の前にだけ、ほんのわずかな、虚無がある。そこに、全員の肺だけが微かにかすかに震えた。


雪面が一瞬だけ凍り、次の瞬間、白い大地は水蒸気へと瞬時に転じた。光と圧と破裂音が同時に叩き付けられ、視界が白一色に塗り潰される。耳の奥の骨が壊れそうな圧で震え、肺に刺す熱気と冷気が同時に流れ込む。


爆圧は予想以上の速度で彼らの肺を殴り、雪林が捻じ切られたような音と共に爆風が側面から叩きつけ、四人の身体ごと後方へ吹き飛ばした。


「っぐ……!」キャブスターは雪の上を二回転し、背中から深く突き刺さるように滑り込む。


「きゃあああっ!」プレセアは悲鳴を上げ、肩口を雪面に擦ってそのまま転がった。


ソニアも低く息を吐き「っ……なんだ、今の圧は……!」と歯を噛み、右手をつきながらなんとかその場に踏みとどまる。


ヴェゼルは最も軽かったため、爆圧を真正面で受け、雪原を10メートルほど宙へ弾かれた。しかし、空中で瞬時に体を丸めて回転して、着地直前に両手を地面へ突き、雪を滑らせながら衝撃を逃した。


足裏が綺麗に地面に付いた瞬間、彼の身体に大きな傷はなかった。手にできた小さな擦り傷と、頬をかすめた一筋の血だけが、爆発が現実であったことを物語っていた。


すぐさま胸ポケットを確認すると、動いているようなので安堵する。


雪は一瞬で白い世界を“液体の白”に上書きした。雪面が熱で解け、同時に凍ったまま膨張し、ありえない速度で水蒸気を噴き上げる。


空気は、熱と冷気が同時に殴りつけてくる、物理法則の継ぎ目が破れたような圧だ。大気そのものが軋む音まで聞こえるほどだった。


ヴェゼルの頬を細く裂かれた薄い血筋が雪へ一滴落ちる。それは雪に吸い込まれる前に蒸気で弾け、ただ“白と熱”だけの世界を残す。


その白の壁の向こう側で、グールたちは咆哮すらできないまま、体の内部から破砕された。


黒い影が骨ごと粉砕され、腐肉は圧力差で細かい粒へと引き裂かれ、雪と蒸気に吸い込まれる。


黒い破片は煙と混ざり、色だけを残すまま空へ散る。ほんの一瞬、影が煙の中で揺れたように見えて、それすらすぐに消えた。


蒸気がゆっくりと晴れはじめる。


そこには「死体」という形を持つ存在は、一つもなかった。


その事実だけが、遅れて全員の背筋へと刺さり込み、世界が静かに凍り直す感覚だけが残った。




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