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第313話 朝はいつものお約束

夜が明けてすぐの早暁、窓の薄闇の中に、そっと忍び込む気配があった。


その影は、寝台の隙間を確認するように慎重に身をかがめ、やがて小さく頷いた。


——添い寝できる、と判断したのだろう。その影はそっと布団に潜り込み、ヴェゼルの胸に顔をうずめた。


そして体温と匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。腰に手をまわし、尻尾が自然と動き、ヴェゼルの太腿に絡みつく。その温度差が、早暁特有の静謐と相まって、とろりとした眠気を再度誘う。


彼女は幸福のまま、ゆっくり瞼を閉じた。あたたかな匂いと体温。やがて、少年の呼吸に合わせて自分の呼吸も整い、穏やかな眠気に包まれていった。


吐息すら乱れない静寂で、ヴェゼルは深く眠っており、枕元ではサクラが妖精の姿で腹を出して寝ている。



暫くして、扉をノックする音が静寂を破った。


「ヴェゼル、今日はさあ——」声を掛けながらアビーが入ってくる。


言葉の続きは、喉奥で止まった。胸にランツェを抱いたまま眠っているヴェゼル。横顔の寝息は穏やかで、それが余計に癪に障る。


「なにを、横でちゃっかり寝てるのよランツェ! ヴェゼルもヴェゼルだわ! なんで気づかないで一緒に寝てるのよ!」


怒声が室内に響く。ヴェゼルが目を開け、ランツェも跳ね起きた。


それでもサクラは眠ったままだ。妖精の小さな体は枕元に転がり、涎を垂らして、羞恥心の欠片もない。


その小さい妖精は、急にお尻を少し上げたかと思うと「プッ」と短い音。


「また寝屁か……」ヴェゼルがまだ寝声のまま呟く。


アビーが絶句する。「また?」と。


アビーはランツェを睨む。「ランツェ!言ったわよね! ヴェゼルは私のものなの! なんで一緒に寝てるのよ!」


ランツェはしゅんと肩をすぼめる。


「朝、起こしに来たのですが……その寝姿を見ていたら、ふらふらと……気づいたら……隣に……」


「そんなことあるかぁっ!」怒りが更に跳ねる。


今度は矛先がヴェゼルへ向く。


「私に会いたいって言って来たのに、なんで翌日にランツェと同衾!? どう説明するのよ!」


ヴェゼルは寝ぼけ気味でも一応、抗弁する。


「アビー、落ち着いて。同衾って夜一緒に寝ることでしょ? これは朝に勝手にランツェが入ってきただけで……」


「そういう問題じゃないわよ! このイライラどこにぶつければいいのよ!」


アビーは怒りで手を握りしめたまま宣言する。


「ランツェ!今日からヴェゼルとの接見は禁止! あなたは私の侍女に専念しなさい! いや、それだとダメだわ……、この期間は他の仕事に専念してちょうだい!」


「そ、そんな……」


ランツェは渋々ベッドから降り、ヴェゼルの今日着る衣服へ手を伸ばす。彼の朝の支度だけでも役に立てばと考えたのだろう。


「それは私がやるわよ!」アビーは素早くその服を取り上げた。


「あなたは朝食の用意をしてきなさい!」


ランツェは言い返す余地もなく、肩を落として部屋を後にする。ヴェゼルの服を抱えたアビーは、胸の内に残る苛立ちを押し込みながら、ため息をひとつ落とした。


「まったく、困った子だわ……」


ヴェゼルは声を落として言う。


「俺が好きなのはアビーだけだよ」


「アビーとサクラでしょ?」サクラがなぜかこう言う時だけ即座に目を開ける。


「……うん。アビーとサクラだけだよ」抑揚がなく口だけが動く。


「感情がこもってない。やり直し!」


「俺が好きなのは、アビーとサクラだけだよ!」


やや照れの滲んだ大声になった。サクラは満足げに頷き、フワっと舞ってヴェゼルに軽くキスをする。


アビーも負けじと「私も!」とキスを重ねる。





廊下の影でテンプター夫人がぼそっと呟いた。


「騒がしいと思ったら……朝から盛ってるわね……」


だがその呆れ声を聞く者は、誰もいなかった。


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