題33話 森を探索
朝日が森の木々を淡く照らす頃、フリード達は勇ましく森へと進んでいた。
今日は、ヴェゼルの発案で領内の資源を調査し、発展に活かせるものがないか探すこと。
当初はアクティはセリカとお留守番だったのだが、みんなと森に行きたがり、フリードの弟・グロムがしぶしぶアクティのお守り役を了承し、抱っこされて同行することになった。グロムは苦い顔だがアクティはその背中で大はしゃぎだ。
ヴェゼルとオデッセイは、魔物に備えつつも、森で得られる素材や植物に目を光らせていた。最後尾にはカムリが位置し、万が一の魔物襲撃に備えて周囲を警戒している。
森に進んですぐに、木々の間に日差しが差し込み、地面には腐葉土が厚く堆積していた。ヴェゼルは目を輝かせながら、周囲を観察をし始める。すると、早速森の浅瀬に白樺のような木が群生していた。
「お母さん、見てください。この木は、傷をつけると樹液が出ると思いますよ!」
ヴェゼルは木に小さな切り込みを入れると、芳醇な楓の樹液のような液体がじわりと流れ出した。
ヴェゼルは微笑みながら、その液体を一舐めする。樹液のえぐみの後に、ほんのりと懐かしいメイプロシロップのような甘みを感じる。オデッセイも一舐めして驚き、そして眼を輝かす。
それを容器に集める。
「これを煮詰めれば、甘味や保存食にも応用できるかもしれないです。明日にでも自宅で実験してみましょう」
森に入ってすぐに白樺モドキがこんなに群生しているなんて、本当に幸先が良い。
一方で、ヴェゼルは足元のには、カムリ曰く、村民には「毒根」と呼ばれているという芋の蔓が生えていた。茎や葉は確かに有毒で緑の根は毒のようだが、それ以外の部分は芋の近縁種なら、食べられるかもしれないと瞬時に判断した。
オデッセイに小声で
「この芋、現世のじゃがいもに似ています。毒の部分を避ければ食用になるかも」
オデッセイはうなずき、足音の蔓を引っ張りその毒根を何個か採取した。
突然、フリードの視線が前方に鋭く向く。10センチほどの魔物のような蜂が飛び回っていたのだ。フリードは瞬時に剣を振るい、蜂を一撃で仕留める。
その働きぶりに、アクティは少し見直した様子で小さく拍手する。
カムリに聞くと、時々、あの魔物の蜂の巣が見つかると大量の蜜が採取されることがあるようだ。
しばらくして、ヴェゼルの視線は、森の高みに輝くオレンジの実に釘付けになっていた。
形はどこかビワのようで、表面はつややかで、地上にも甘い香りがほのかに漂ってくる。枝は細く、風に揺れるたびにぷらぷらと危うげに揺れ動いている。
「お母さま……あれ、食べれるかも。でも、落ちたら潰れてしまいそう」
「そうね。けれど木に登るのは危険よ」
オデッセイの声に、ヴェゼルは小さく頷いた。五歳の小さな体では到底届かない高さだ。
「……収納、やってみる」
彼は両手を軽く突き出し、頭の中でイメージを膨らませた。収納は単に物を消すだけではない。触れずに対象を取り込むには、まるで手を伸ばすような鮮明な感覚が必要だった。
実の位置を正確に思い浮かべたが、ふっと力が抜けるように空振りする。実は揺れ続け、かすかに枝をきしませている。
「だめか……」
二度目。今度は実の大きさ、重さ、枝との接触点までも細かく想像する。だが、力を込めすぎたのか、実ではなく周囲の葉っぱ数枚が「ぽすん」と収納され、手の中に現れた。
「……葉っぱじゃないよ、実だよ……!」
小さな拳をぎゅっと握り、ヴェゼルは悔しそうに眉を寄せる。
オデッセイはそんな息子の背中を見つめ、口を挟まずにそっと見守った。失敗を恐れず挑戦する姿勢こそが、この子の強さだと知っていたからだ。
三度目。ヴェゼルは深呼吸し、枝先の実だけに意識を集中させた。
(大丈夫。水分と糖類と食物繊維やミネラルと栄養素か。そう思い浮かべ、手を伸ばして、そっと包み込むように……)
次の瞬間、ふわりと光が揺れ、実が枝ごと消える。小さな両手の中に、無傷のままの琵琶に似た果実が現れた。
「……やった!」
瞳を輝かせ、ヴェゼルは小さな胸を大きく膨らませた。オデッセイも思わず微笑み、頭を優しく撫でた。
「上手にできたわね。大切なのは焦らず、正しく思い描くことよ」
「うん! もう一度やってみたい!」
その直後、茂みの奥から低い唸り声が響いた。小ぶりだが眼が赤く、猛り狂うような猪の魔物が姿を現し、獲物を狙うように飛びかかってきた。フリードが構え直すよりも早く、ヴェゼルはとっさに両手を前に出した。
「(水分、砂、粘土、動植物の死骸とかかな?!)収納!」
彼の目に映ったのは、魔物の前足が踏み込んだ地面。その足元の土を一瞬だけ収納し、地面にぽっかりとした窪みを作る。
「――!?」
魔物は体勢を崩し、がくんと前につまずいた。そこへ待ち構えていたフリードの剣が一閃し、猪の魔物は土煙を上げて倒れる。
ヴェゼルは息を切らしながらも、口の端に小さな笑みを浮かべた。
「……できた。今度は土を……狙った通りに」
オデッセイは薬草を抱えながら駆け寄り、膝をついてその肩を抱き寄せた。
「すごいわ、ヴェゼル。こんなに一瞬で」
子どもの瞳はまだ興奮に揺れていたが、そこには確かな自信が宿っていた。試行錯誤の果てに掴んだ成功――それが、ヴェゼルにとって大きな成長の証だった。
森の探索は続き、光が差し込む木漏れ日の下で、家族たちの連携が次第に息を合わせていく。
森の探索は、単なる資源収集ではなく、家族の絆を再確認する場でもあった。
フリードの力強い剣さばき、オデッセイの冷静な薬草採取、ヴェゼルの知識を活かした応用、カムリの守備、
――アクティの無邪気な観察――、、、グロムの不満げな抱っこ姿。
すべてが一体となって、森の奥での挑戦を成功に導き、それぞれの個性が自然に融合し、森の奥での探索は順調に進んでいった。
ヴェゼルは、心の中で次の実験計画を練る。甘味樹液の試作、芋の調理法、毒の部分の除去方法――未来のための準備が頭の中で膨らむ。




