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第32話 豊作 

 春の終わりに始まった実験畑も、あっという間に三ヶ月が過ぎ、夏の日差しが畝を照らす頃には、成長を見守っていた作物たちは一回りも二回りも逞しく育っていた。


 ひえ、あわ、麦、そば、大豆――それぞれの畝が濃い緑色に覆われ、葉は光を受けて輝き、茎は太くしっかりと地面に根を張っている。


森の浅い場所から持ってきた腐葉土や、炭焼き小屋からもらった灰を混ぜた土の力は確かに目に見える成果を出していた。


 フリードは毎朝のように鍬を持ち、雑草を抜き、水を運び、畝の間を走り回っていた。力任せなところは相変わらずだが、その手の動きと汗のひとつひとつが、作物に力を与えているように見える。


「おお……すごいな、こんなにしっかり育つとは」


 近隣の村民たちが畑の端から覗き込み、驚嘆の声を漏らす。


普段はのんびりとした農作業をしている彼らにとって、この育ちの早さと豊かさは信じられない光景だった。


「これ、どうやったんですか……? 肥料は何を?」


 村人から口々に質問が飛ぶ中、オデッセイは穏やかに答える。


「森の黒土と灰を土に混ぜ、畝を作って通気性と水はけを整えただけよ。まだまだ試験段階だけど、しっかり土作りをすると作物は元気に育つのよ」


 ヴェゼルは作物の葉に触れながら、にこりと笑った。「芽が出たときは小さくて頼りなかったのに、今はこんなに丈夫に……。お母さん、やっぱりすごいですね」


 フリードは得意げに胸を張る。「もちろんだ! 俺の鍬の腕前も、役に立ってるぞ!」 そのやり取りに、村人たちは笑いながらも感心しきりだった。グロムも頷いている。



 オデッセイは畑の中央に立ち、両手で日差しを遮りながら周囲の様子を眺める。


 そこでヴェゼルが呟く。


「このままでは、ただ育つだけで終わってしまう。次は肥料の循環を考えなければ」


 ヴェゼルの言葉に、オデッセイも目を輝かせた。


「家畜の糞や、人間の糞尿を集めて肥料にするの?」


「うん、それを熟成させて撒けば、栄養が循環して、次の作物もより元気に育つんだ」


 オデッセイが少し驚いた顔をした。


「……なるほど……確かに別の国では人糞も畑に混ぜていて、馬鹿にされていたと聞いたけど、この国では聞かないわね」


 すると、他の村民たちも頷き、興味津々の声を上げた。


「ぜひ教えてほしい!」

「どうやったらうちでもこんなに育つんですか!」


 オデッセイは微笑みながら答える。


「まずは少しずつ試すこと。急に全ての畑でやると、土の性質や作物の状態が変わるので、失敗する可能性もあるわ。まずは、じっくりと、順に広げていきましょう!」


 フリードは汗まみれになりながらも、満面の笑みで畑を見渡す。


「よし、これなら村中で豊作にできそうだな!」


 アクティも土まみれで


珍しく「おとうさま、すごい!」と称賛の手を叩く。


セリカは微笑みながらその様子を見守った。


アクティはというと、小さな籠を抱えて畑の端っこで土をいじり、セリカに「食べちゃだめよ」と見張られている。




 ヴェゼルはその光景を見守りながら、自分の役割を探していた。


 父のように力はない。母のように手際も良くない。だが、自分には――収納魔法がある。

(実際には全てヴェゼルの現代知識が発端なんだが)


 ヴェゼルは小さな両手を前に出すと、目の前に転がる石を凝視した。拳大の丸石。父がさっき掘り出したものだ。


「……収納!」


 意識を石に向ける。頭の中で「手でつかむように」イメージする。しかし、ふっと力が抜けるように感覚はすり抜け、石はびくとも動かない。


「また……だめか」


 額に汗をにじませるヴェゼルを、少し離れた場所で鍬を振るっていたフリードが振り返った。


「おいヴェゼル、無理するなよ」


「いや……僕にだってできるはず。練習なんだ」


 そう言って、再び両手を前に突き出す。二度目。今度は石の大きさや重さまで頭に描き、両手で包み込むようにイメージする。すると、石の輪郭が淡く光を帯び――ぽん、と音を立てて消えた。


 次の瞬間、ヴェゼルの手のひらの上に、拳大の石が現れた。


「……できた!」


 瞳を輝かせるヴェゼル。


「おお、やりやがったか!」


 フリードが鍬を脇に突き立て、手を叩いて笑った。


「よし、次からは石拾いはお前が担当だな!」


 からかうような口調に、ヴェゼルは小さく胸を張った。


 だが、調子に乗った三度目はうまくいかなかった。今度は石ではなく、石の下にあった土の塊ごと吸い込んでしまったのだ。


「うわっ……」


 収納したはずの石を取り出すと、どろりとした土がべっとりとついている。


「……なんか失敗した」


 悔しそうに呟くヴェゼルの頭を、オデッセイが優しく撫でた。


「大丈夫。収納はただ“消す”んじゃないわ。正確に“思い描く”ことが大事なの。あなたが石を“運ぶ”って思えば、きっともっと上手になる」


「……思い描く……運ぶ……」


 母の言葉を胸に、ヴェゼルは今度は雑草を狙った。小さな草の束をまとめて想像し、その物の成り立ちを頭に思い浮かべ、食物繊維や水分や栄養素などからなる草をイメージして、引き抜くような感覚で収納する。すると、草ごと「すぽん」と音を立てて消え、手の中に現れた。根っこまできれいに抜けている。


「できた!」


「おー、雑草抜きが一瞬で終わるな!」


フリードが大笑いし、アクティまでもが目を丸くした。


「おにーさま、すごーい!」


 褒められて照れたのか、ヴェゼルは顔を赤らめながらも得意げに胸を張った。

 

(もしかしたら、その物質の成分をより明確にイメージすると収納の成功率があがるのかもしれない。)


 それからというもの、ヴェゼルは石を収納し、雑草を収納し、ときには肥料に使うための草や灰を取り分ける練習を繰り返した。一つずつ試すたびに、確実に上達しているのが目に見えて分かるようになっていった。


 フリードはその様子を見て、汗を拭いながら笑った。


「よし、これで俺が石運びで腰を痛める心配はなくなったな」


「ちょっと、からかわないでよ!」


ヴェゼルが頬を膨らませると、アクティがけらけらと笑い出した。


「おにーさまは、はたけの、まほーつかいだ!」


 笑い声が畑に響き、作業の手が止まった村人たちも興味津々にこちらを眺めていた。


まだまだ収納魔法が農作業の助けになっているとは思っていない。でも、未来のためにも、何かをしたかった。


 オデッセイはそんな気持ちに気づき、そっと微笑んだ。


「大丈夫。きっと、そのうち分かってもらえるから」


 ヴェゼルはこくりと頷いた。父の力仕事や母にはまだ届かないけれど、自分にできることはある。収納魔法で、畑を、村を、少しでも豊かにすることができるのなら――それは自分だけの役目だ。


 その小さな胸には、家族と村を支えたいという思いが確かに燃え始めていた。






次の日、今日は朝から村人たちは、今後の畑作りの指導を受けるため、オデッセイに質問攻めをしていた。


作物の間隔、畝の高さ、水の量、灰や腐葉土の量


――一つひとつ丁寧に説明され、皆は熱心に聞き入る。


「これなら、森の浅い場所の土も活かせそうだな」


「灰や黒土を混ぜるだけでこんなに変わるのか!」


 驚きと感嘆の声が畑の上に広がり、村全体に希望の空気が漂った。


 オデッセイは作物を見つめながら心の中で小さく呟く。


(この畑で、村の人たちに新しい可能性を見せられた……。でも、まだ始まりに過ぎないわね)


 そしてヴェゼルに向かって微笑む。


「ねえ、ヴェゼル。これからも一緒に土を育てて、村に喜びを広げていきましょう」 ヴェゼルも嬉しそうに頷く。


「はい、お母さま! これからも頑張ります!」


 フリードも誇らしげに二人を見つめる。


「俺も、もっと力を入れないとな……!」


 こうして、三ヶ月後の夏の実験畑は、村の近隣の畑よりも成長が早く、収穫量も豊かだった。


村人たちの驚きと感動が広がり、オデッセイの提案した循環型肥料計画も賛同を得た。


家族と村人、そして作物たちの未来が、少しずつ確かな形でつながり始めていた。


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