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第296話 結婚式02

宴堂は柔らかな灯火に包まれ、金糸のような光が窓辺から床を撫でていた。


絹の衣の擦れる音と人々の笑みと囁きが波のように満ちている。


その中で、ヴェゼルが静かに前に進み出て、澄んだ声で告げた。


「では――新郎新婦の誓いの言葉です」


たったそれだけの言葉で、会場の空気がすっと引き締まる。杯を置く音が消え、誰もが息を潜めた。


グロムとコンテッサ、そしてエスパーダとアトン――二組の新郎新婦が照れたように顔を見合わせ、互いに微笑みを交わして壇上へ進む。


胸の前で手を結び、慎ましく歩くその姿には、この厳しい時代を生きた者とは思えぬほどの穏やかさがあった。


そこへ、トレノが赤い絹布を両手に捧げて現れる。布の上には、細工の美しい小箱が二つ。灯火を受けて箱の縁がほの白く光る。


ヴェゼルはそれを受け取り、ゆっくりと微笑んだ。


「東方の古の国では、結婚の際に互いの指に指輪を嵌め、永遠に途切れぬ愛と絆の証としたそうです。指に宿るその指輪は、たとえ離れていても心を繋ぐ――そう伝えられています」


ヴェゼルの声には、どこか懐かしい響きがあった。まるで遠い記憶の底から掬い上げた想いのように。


そして一呼吸置き、胸に手を当てて言葉を続ける。


「この指輪は、私が作りました。素材はこの世界にただ一つ、希少な鉱物から精錬した“プラチナ”という金属です。その金属は硬く、変色も変質もしない――まさに永遠を象徴する金属。その不変の輝きをもって、二人の愛が永遠であるよう願いを込めました」


会場のあちこちで小さな息が漏れる。皆がその名を初めて聞く金属に目を奪われていた。


だがヴェゼルはその喧騒を制すように、穏やかに続けた。

 

「この後、指輪の交換と誓いの言葉、そして――お互いの口づけをもって、永遠の愛を誓っていただきます」


その瞬間、コンテッサとアトンの頬が一気に真紅に染まった。


「み、皆の前で……キス……!?」


アトンの声が上ずり、隣のエスパーダが肩をすくめて微笑む。会場に控えめな笑いが広がり、空気が一気に和らいだ。



やがて二組の新郎新婦が互いの指を差し出す。


灯火に照らされる指先、そこに静かに嵌められる銀白の輪。プラチナがほのかな光を宿し、柔らかく二人の手を繋いだ。


「病める時も、健やかなる時も。富める時も、貧しき時も。妻(夫)として愛し、敬い、慈しむことを誓います――」


その声が重なった刹那、時間が凍るように静まり返る。


そして、グロムとコンテッサが恥じらいを帯びたまま、そっと唇を寄せた。


柔らかく重なるその瞬間、拍手が爆ぜるように鳴り響いた。


万雷の音が堂内にこだまし、笑みと涙が交錯する。


続いて、エスパーダとアトン。指輪を交換し、互いの目を見つめ、少しだけ間を置いて――静かに唇を重ねた。


アトンの耳まで真っ赤に染まり、エスパーダは穏やかに笑う。その様子に、再び歓声と拍手が巻き起こった。


やがて二組が席に戻ると、ヴェゼルが壇上から静かに告げる。


「しばしご歓談ください」




杯が再び満たされ、香り高い料理が並ぶ。肉の焼ける匂い、ホーネット酒の芳香、笑い声が重なり合い、宴は穏やかに進む。


そして頃合いを見計らい、ヴェゼルが再び立ち上がる。


「では、私からのささやかな贈り物を――新たな婚礼にふさわしい甘味を、皆さまにお届けします」


その声を合図に、パルサーとトレノ、そして侍女たちが、大きな台を運び入れた。


その上には、白い雪のようなクリームと果実が幾重にも重ねられた壮麗なケーキ。光を受けて、宝石のように輝いている。


「おお……!」


誰かの感嘆が漏れた瞬間、会場は歓声に包まれる。


アクティが胸を張って叫んだ。


「わたしも、てつだったのよ!」笑いが一気に広がる。


ヴェゼルが軽く頷いて言う。


「このケーキを新郎新婦に切り分けていただきましょう。これが、二人の最初の“共同作業”となります」


「ケーキ入刀!」――その掛け声に合わせ、二組が並んでナイフを握る。


白いケーキに刃が入るたび、甘い香りが立ちのぼる。切り分けられた瞬間、灯火が反射して、まるで雪が溶けるように輝いた。


互いに一口ずつケーキを食べさせ合う新郎新婦。


コンテッサは小さく笑い、アトンは恐る恐る口を開く。次の瞬間、二人の瞳が丸くなる。


「お、美味しい……!」


その声が合図のように、全員の視線がケーキへと注がれた。


「では皆さま、新郎新婦からお裾分けをどうぞ」


ヴェゼルの言葉が終わる前に、アクティとサクラが同時に立ち上がり、椅子を弾いて前へ飛び出した。


「できるだけたくさん!」


「わたしも同じ!」


その勢いに新郎新婦は思わず笑い、皿を手に取り分け始める。次々とケーキが配られ、席についた人々が一口含むたびに歓声が上がった。


「こんなに綺麗で……こんなに美味しい」「甘い……」「果実が香る……」「はじめて食べる味だ……」


笑い声と香りが渦を巻き、宴堂は幸福の光に包まれていく。灯火が揺れ、皿とフォークが触れ合う音が聞こえ、そして歓声が響いた。


その夜、プラチナの指輪のように、ひとときの愛と喜びが確かに輝いていた。

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