第03話 そして転生 テンプレ?
目を開けると、目の前に映ったのは――木製の天井。
おぉ、木。
シンプルな梁、そして藁ぶき屋根。
昭和レトロでもないし、北欧ナチュラル風でもない。
これは完全に「RPG序盤、勇者が目覚める村人の家」だ。
あと十秒後には「おはよう勇者さま」っていう定番セリフが飛んでくるやつ。
「ヴェゼル、起きたの?」
……ほら来た! まさかのド直球。
だが声の主は村人Aではなかった。
現れたのは――女性。
優しい笑顔に、ふわっとした金髪。
薄手のエプロンを纏い、控えめで清楚な装い。
完全に「理想の異世界ママン」だ。
日本の朝ドラで言えば、初回放送から視聴率20%を叩き出すレベルの母親属性。
いや待て。朝からそんな“癒しスマイル”は心臓に悪い。
俺、まだ異世界初心者なんですけど!?
もっとこう、スライムとか出してからにしてくれないとペース配分が狂う。
「顔色は大丈夫? 熱はないかしら? ほら、お水を飲みなさい」
母(仮)は慣れた手つきで木のコップを差し出してきた。
その仕草がもう板についている。まるで舞台女優。
NHK教育番組のナレーションで解説したくなるレベルだ。
「はい、異世界ママがコップを持ってきましたね~。やさしいですね~」
俺は条件反射でそれを受け取り、口に含んだ。
――おぉ、ぬるい。
ぬるいけど、妙にうまい。
これが異世界の水なのか? いや、多分ただの井戸水だ。
けど、五十五歳で心筋梗塞(仮死)経験をしたばかりの俺にとって、この一杯はエナジードリンク以上の効力を持っていた。
「よかった、気分が悪そうにしてたから心配したのよ」
母は心底ホッとしたように言う。
……いや、あの、すいません。
俺、転生してきたばっかりなんで、「母」と呼ぶハードルがめっちゃ高いんですが。
しかも見た目が若い。
二十代後半? せいぜい三十前後?
俺の前世の感覚だと「母」っていうより「姉」。ってか、転生前の長女とほぼ同じ歳じゃね?
それなのに母力(ぼりょく?・ははぢから?)が高すぎて、存在感がラスボス級なんですけど。
なんだこれ、異世界補正?
この世界では「母親」の称号に自動でバフが乗る仕様なんだろうか。
勇者より強い説がすでに濃厚だ。
「さ、起きなさい。今日はお祭りに行く日でしょう?」
……お祭り?
あ、出た。異世界スタートあるある。
まずは村のお祭りで串肉を買う → スライムに遭遇 → なんかのきっかけで戦闘イベント発生。
完全に王道の導入イベントだ。
俺は藁の布団から身を起こした。
藁だからチクチクして痛いんだけど、不思議と温かい。
温かい藁って何だ。異世界補正すごいな。
母はそんな俺を見て、ふっと笑った。
「ヴェゼルはやっぱり寝起きの顔が可愛いわね」
……おい待て。
俺、精神年齢は五十五歳やぞ!?
“可愛い”って言われる年齢はとっくに卒業してるわ!
むしろ前世では「疲れてる」「老けたね」しか言われなかったんだぞ!?
急に可愛いとか言われても戸惑うわ!
でも、その笑顔が妙に安心感あって……うん、ちょっと悪くない。
なんか心が解けていく感じがある。
異世界補正、恐るべし。
――こうして、俺の異世界生活は「超母属性ママン」の見守りから始まった。
……やっぱり、この世界で一番強いのは母親な気がする。
もしかして、この物語のラスボスは母なのでは……?
「……母上?」
自分の口から出たその言葉に、思わず吹き出しそうになった。
母上って。いや、言ってみたかったんだよ、こういうの。
時代劇で殿様が呼ぶやつ。俺の人生で一回くらいは言ってみたかったやつ。
「そうよ」
……って、普通に返されたー!
母上(仮)はさらっと受け止めて、むしろ当然みたいに頷いた。
ノリツッコミなし!? 俺の小さな夢が秒で消化されたんだけど!?
「あなたはヴェゼル・パロ・ビック。パロ家の長男。ここは辺境のビック領、ホーネット村。覚えてる?」
……覚えてるわけない。
俺は五十五歳で心筋梗塞した和田好希なんですけど!?
いや、何このRPGのチュートリアル感丸出しのプロローグ台詞。
ありがたいけど! 親切設計だけど!
「辺境の村ホーネット」とか、何?スズメバチ?地名からしてもうクエスト始まる空気出してるじゃん。
このあと絶対「最近モンスターが増えて困っておってのう」とか長老が言い出すやつだろ。
でも、ここで「実は俺、中年サラリーマンで……」なんて告白したら詰みだ。
絶対こうなる。
母上「まぁヴェゼル、熱でもあるの?」
俺「いや実は俺、前世でサラリーマンやってて、心筋梗塞で死んだんだ」
母上「……神父さま呼んでくるわね」
うん、間違いなく教会送り。
へたすりゃ「悪霊が取り憑いている!」ってお祓いコースまである。
異世界初心者にそんなリスクは取れない。
ここは黙っとこう。安全第一。
異世界スタートは村人モードで大人しくしておくのが基本ルールだ。
「……えっと、その、覚えてる。多分」
「まぁ、寝ぼけてるのね。仕方ないわ」
母上はにこにこと笑って俺の頭を撫でてきた。
――おい。やめろ。
アラフィフ越して、アラシクス?のおっさんメンタルに「いい子いい子」は、
致命傷級のクリティカルダメージなんですけど!?
あの、これ地球にいた頃より精神的ダメージでかいんですが!?
泣くぞ? マジで泣くぞ?
「今日は村のお祭りでしょう? 忘れてないわよね? アヴェニスちゃんも来るんだから」
「……へ?」
あやふやな返事した俺に、母上はにっこり笑って続けた。
「お祭りよ、お祭り! ホーネット村のお祭りの日! 忘れてないわよね?」
「……お祭り?」
……え? お祭り? 何それ初耳なんですけど!?
「ほら、今日は隣領からアヴェニスちゃんも遊びに来るんでしょう? 小さい頃から仲良しだったじゃない。楽しみにしてたのよ?」
……あ、アヴェニス!?
いやいやいやいや、待て待て。誰それ? 全然知らんぞ!?
俺のデータベースには登録されておりません!
なんだよ!転生時に全てのヴェゼルの記憶をダウンロードしてないじゃん!普通こういう場合、全ての記憶をダウンロードさせんじゃねえの?!!!
「アヴェニス=どっかの幼馴染」って勝手に既成事実化されてるけど、俺の記憶にはまったくない!
「お……おぅ。アヴェニスね。あー……あれだ、あの、アヴェニス。あのアヴェニスな」
とりあえず名前をリピートして時間を稼ぐ俺。
母上は「ふふっ」と優しく笑っている。
完全に「息子、照れてるのね」っていう顔。
違う! 照れてるんじゃない! 知らないんだ! 脳内データベースに未登録なんだよ!
「ヴェゼルったら、また寝ぼけてるのね。アヴェニスちゃん、今日はあなたと一緒にお祭りを回るって楽しみにしてたのよ。ほら、ちゃんと身だしなみ整えなきゃ」
「え、えぇ……もちろん。俺だって楽しみに……して……ます……」
声がどんどん小さくなる。
だって楽しみにしてるどころか「誰ですか?」状態だからな。
頭の中で俺のサラリーマン時代のスキルがフル稼働する。
――そうだ、ここはクライアント対応と同じだ!
知らない資料を急に振られても「えぇ、もちろん拝見しましたとも」と顔だけ笑顔でごまかす。
これが俺の唯一の処世術、営業スマイル戦術!
「ふふ、やっぱり幼馴染が来ると顔が違うわね」
母上は完全に信じ切っている。
違う意味で冷や汗が出る。
――つまり今日。
俺は謎の“アヴェニスちゃん”なる人物と祭りを一緒に回らねばならない。
情報ゼロのまま。
下手すりゃ「え、覚えてないの?」とか言われて即アウト。
おいおい、昨日転生したばっかりで人生ハードモードすぎない!?
普通こういうのって「初めての街で出会った幼馴染」とかじゃないの!?
なんで俺だけチュートリアルすっ飛ばして「旧友イベント」がいきなり始まってんだよ!
藁布団の上で天を仰ぐ俺。
……祭りより前に俺の胃が爆発するかもしれない。