第281話 ブガッティのとの話し合いの続き
話は続く。
ブガッティが湯気の立つ茶を啜りながら問うた。
「――では、あのサマーセット領との戦争は、どうやって勝ったのじゃ?」
ヴェゼルは少し息を整え、静かに答えた。
「……あの時は、“火薬”を使いました。火の魔法の種のようなものです。粉に火をつけると、発火し、爆ぜます。それを筒に詰め、石や鉄の玉を飛ばすと――相手を傷つけるんです」
ブガッティの眉がひくりと動いた。「なんと、そんなものが……」
「恐ろしいのは、それを使うのに特別な才能も修練もいらないことです。魔法はごく少数の者が授かり、そして修練をして、その上に成り立つものです。しかし火薬を使った武器は、子供でも老人でも、すぐに扱える。だからこそ、あの戦で勝てました。でも同時に、これが広まれば、世界が滅びます。かつて私のいた世界では、火薬が発展して、何百万、何千万という人が死にました。だから――これは秘匿します」
言葉が落ちたあと、沈黙が広がった。ブガッティはしばらく目を伏せ、そして渋く笑う。
「……そうじゃな。ワシも本心では知りたいが………聞くまい。知りたい……知りたい………知りたいのじゃが……我慢しよう………」
ヴェゼルは微笑んだ。そのやりとりに、オデッセイが息を漏らす。
「ブガッティ様が“我慢する”なんて、何年ぶりなんでしょうね」場が少し和らいだ。
ヴェゼルは次に、ふと思い出したように問う。
「そういえば、魔法の“理”を定めたのは、前回ブガッティだんから、初代教皇だと聞きましたが……」
ブガッティは、顎鬚を撫でながら懐かしげに語り出した。
「うむ、古き時代は“魔法”という言葉すら曖昧での。誰もが気ままに使い、誰もが突然死んだ。炎を呼んだ者が、自らの炎で焼け死ぬこともあった。村が一つ、吹き飛んだこともある。それを見かねた神が、初代教皇に“魔法を定義せよ”と啓示を下されたという。教皇は悠久の歳月をかけて、ようやく理を定め、そして亡くなられた。その弟子たちが、後のアトミカ教を興したのだ」
ヴェゼルはゆっくりと頷く。
「やはりそうですか。きっと初代教皇も、魔法を“安全で再現性のある理”として定義したのだと思います。おそらく“科学”の理を借りて」
ブガッティは目を細めた。「科学、とな?」
「はい。例えば――火の魔法。私の世界では、炎の温度は“赤→橙→白→青”の順に高くなります。だから青い炎は赤よりも何倍も熱い。ヴァリーやアビーにそう話したら、二人の魔法の威力が上がったんです」
「なんと……」ブガッティが身を乗り出す。
ヴェゼルは少し照れたように笑った。
「それをヴァリーさんに教えたせいで、興奮して、“私を弟子にしてください!”と、泣きつかれたんです」
「ふぉっふぉっふぉ! あのヴァリーがか!」ブガッティが豪快に笑うと、茶がこぼれそうになった。
「その話を聞いて、ワシも試したくなったぞ!」
オデッセイが慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいブガッティ様、ここ屋敷の中ですよ!」
「よい、外でやる!」
三人は雪の中、庭の奥に移動する。誰にも見られぬように。
ヴェゼルが言う。「ブガッティさん、イメージですよ。イメージ」
ブガッティは両手を組み、呟く。「イメージ……温度が上がる……赤から……白……そして青に……」
次の瞬間、彼の掌に青白い光が灯り、ふっと風が止んだ。
炎の球が飛び、目の前の木が――音もなく灰になった。
「おおおぉっ!!!」ブガッティは興奮して跳ねた。
「見たか!? 火の魔法の威力が今までの十倍以上じゃ! いや百倍かもしれん! すごいぞヴェゼル殿! ヴァリーの気持ちが今ならわかる! ワシも女だったら、間違いなく求婚しておるわ!」
その言葉に、ヴェゼルが苦笑するより早く――
胸元のポケットがぴょこんと動いた。「だーめっ!」
小さな声が響き、サクラが顔を出した。妖精は頬をぷくっと膨らませて叫ぶ。
「ヴェゼルは私のだから、ダメっ!」
一同、しばし沈黙。そして、爆笑。
ブガッティは腹を抱えながら言った。「まったく……この領は、笑いと驚きの尽きぬところじゃな!」
オデッセイも笑いながら肩をすくめた。「ええ、ブガッティ様。そういう場所なんですよ、ここは」
地に積もる雪が風と共に吹き抜け、灰になった木の跡に、かすかな光の粒が舞う。
その中心で、ヴェゼルは静かに息を吐いた。笑いの中にあっても、彼の胸にはひとつの決意があった。
――この力も、この知識も、守るためにこそ、秘すべきものがあるのだと。




