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第280話 ブガッティに話す

2025年10月27日08時49分〜09時05分の間、

更新の順番を間違えて、第279話と第280話が前後逆になってました。

すいません。そのつもりお読みください。。

暖炉の炎が静かに揺れていた。


ブガッティの瞳には、真理を求めるものだけが宿す、濁りのない光があった。ヴェゼルはしばし沈黙し、胸の奥で逡巡する。


どこまで話すべきか――事前にオデッセイからは、どこまで話すかはあなたに任せると言われていた。


そしてこの真実は、世界そのものを揺るがすかもしれない。だが、目の前の老魔導師の誠意に、嘘を混ぜる理由もなかった。


「……すべてを、お話しします」


ヴェゼルの声は静かだったが、空気が震えたような気がした。サクラは胸ポケットの中で小さく丸まり、ただ耳だけを外へ向けている。


「まず、初代教皇様は――転生者だったという伝承があるそうですね?」


ブガッティが目を見開く。杖の先がかすかに床を打った。


「……うむ、そういう伝承があるのは知っておる」


「確証はありません。ただ、私も――多分、その初代教皇と同じ“場所”から来た転生者です」


その言葉は、静かに、しかし確かに部屋を貫いた。老魔導師の肩が小さく震えた。長年の理論と伝承が、いま、目の前で一本の線に繋がったのだ。


「確かに……そうか。だからあの理屈を……。空気に重さがあり、世界が球で、星の光が“理”によって届くと……あの言葉、わしには詩のように聞こえたが――真実じゃったのか……!」


彼は息をのむ。


「十にも満たぬ子が、神々の書にも載らぬ理を語る――あれは奇跡ではなく、記憶の断片だったのじゃな……」


ヴェゼルは苦笑を浮かべた。


「奇跡でも預言でもありません。前の世界では“常識”だったことを、少しだけ覚えていたに過ぎません」


ブガッティは胸の前で手を組んだまま、深く頭を垂れた。まるで神話の続きを聞く修道士のようだった。


「……続きを」


ヴェゼルは息を吸い、語り始めた。


「俺の収納魔法についてです。普通の収納魔法は、手で触れた物しか収納できませんし、生き物を入れることはできません。でも、俺の魔法は――“見るだけ”で収納できます」


「……なんと……!」


ブガッティは言葉を失い、唇を噛んだ。


「それは、もはや“空間操作”の理そのもの……転移魔法にすら等しいではないか……。そんな魔法、記録にすら存在せんぞ……」


ヴェゼルは静かにうなずいた。


「それで……今回の襲撃のとき。クルセイダー三百名を、収納魔法を使って――十秒足らずで殲滅しました。」


ブガッティの手が震えた。オデッセイが一瞬だけ視線を逸らす。


その光景の残酷さと、理を超えた威力に、誰もが息を詰めた。


「……三百人を……? そんなことが、可能なのか……!」


「恐らく、サクラの何かが引き金になったのだと思います。サクラと出会ってから自分の魔法が拡張というか進化したのだと思います」


サクラがポケットの中で「えへへ」と小さく笑う。それを聞いたブガッティは、力なく肩を落とし、かすかに笑った。


「……理解の外じゃ。まるで伝説の“転移”魔法を目の前にした気分じゃよ」


ヴェゼルはさらに続けた。


「それだけではありません。サクラと一緒に過ごすうちに、“鑑定魔法”も使えるようになりました」


ブガッティの目が再び輝く。


「鑑定……? それはアトミカ教の神職の一部だけが使える、あの鑑定か!?」


「はい。魔法としての鑑定です。成分や構造を見分ける力。そして、その力を収納魔法に応用した結果、“分離”ができるようになりました。たとえば、砂から鉄分だけを抜き出したり、水から毒を除いたり……そんなことが、収納の内部で可能になったのです」


ブガッティは呆然と口を開けたままだった。


「……そ、それは……錬金の域をも超えておる……! 神の箱でも持っておるのか、おぬしは……!」


「そんな大それたものではありません。ただ、たぶん――“拡張か進化”しているのだと思います」


ヴェゼルは言葉を選びながら、最後の真実を口にした。


「最近は、“共振位相”という現象が起きています。物質の“構造情報”だけを読み取り、再配列できる。……つまり、土を柔らかくしたり、硬くしたり、形を自在に変えることができるようになったんです。あの防壁は実際に共振位相で土台を作りました。」


「共振……位相……」


ブガッティは両手で顔を覆い、震える声を漏らした。


「そんな理屈、今までの魔法の理の外のことじゃ。聞いたことがない……! だが、確かにわしは見た。村に入るときあまりの出来の良さに立ち寄ったが、防壁――あの精緻な構造、自然のものとは思えんかった……まさか、あれはおぬしの……!」


「はい。防壁は、共振位相で組み上げたものです。……これが、父と母にしか話していない真実です」


静寂が訪れた。


炎の音だけが、時間を刻んでいる。 


そして次の瞬間、ブガッティは――涙を流した。


「……ヴァリーの言葉が、今ようやくわかった……!」


老魔導師は立ち上がり、杖を掲げる。


「わしはもう帝都には戻らん! この目で真理を見た! ヴェゼル殿、わしも――おぬしの弟子になろう!」


「え、えぇ……弟子って……」


ヴェゼルが慌てると、オデッセイが苦笑を浮かべた。


「ブガッティ様、また“魔法馬鹿”の血が騒いでますよ」


しかしブガッティは真顔に戻り、深く息を吐いた。


「……だが、本気じゃ。これほどの理、もし帝都に知られたら――国は割れる。教会は暴走し、商人は奪い合い、貴族どもは争いの種にするじゃろう。これは確かに、露見してはならぬ」


「はい。だから、ずっと隠してきました」


ブガッティは静かにうなずく。


「フリード殿も、オデッセイ殿も、大変じゃったろうのう……息子がこんな秘密を抱えておると知りながら、黙っていたのじゃからな」


オデッセイは微笑を返した。


「ええ。でも、私たちの子ですから。隠すことも、信じることも、覚悟のうちです」


その言葉に、老魔導師は胸に手を当てた。


炎が、三人の影を壁に揺らす。長い夜の中で、その小さな光だけが、確かに息づいていた。

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