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題29話 翌朝

 

 寝室に戻ってくると、フリードはまだ起きていた。



 あの子が口にした「別の世界の記憶」。



 そして、あの日――祭りの前日に転んで頭を打ったときから、どこか違和感を覚えていたこと。


 確かに、あのときのヴェゼルは、何かが変わったように見えた。


 幼さを残す瞳の奥に、不意に大人びた光が宿っていた。


 私の胸にあった小さなざわめきは、今もなお消えずにいる。


(このまま私一人で抱え込んでいいのかしら……?)


 夫に話すべきかどうか。


 でも、フリードは剣一筋の人。不器用で、理屈よりも感情で動く人だ。


 こんな込み入った話をしたところで、まともに答えが返ってくるだろうか――そんな迷いもあった。


 それでも、私は気づいていた。


 結局、私はいつもあの人に支えられている。


 だから今夜も、頼ってみよう。そう決意して立ち上がった。


こんな夜のに干し肉をかじっていた夫に声をかける。布団には、かけらがこぼれている。。




「ねえ、あなた。……少し、話を聞いてくれる?」


「おう? どうした。珍しく神妙な顔してるな」


 豪快な笑顔を浮かべたまま、私に向き直った。


 その穏やかな眼差しに、心の迷いがほんの少しだけ和らいでいく。


「ヴェゼルのことなの」


「ヴェゼルがどうかしたのか?」


 夫の眉がわずかに寄る。


 私は深く息を吸い込み、思い切って口を開いた。


「……あの子、別の世界の記憶を持っているかもしれないの。初代教皇のように、転生者かもしれないって」


 部屋の蝋燭の炎が、夫の顔を赤く染める。


 重苦しい沈黙が一瞬だけ落ちた。


(やっぱり……言うべきじゃなかった?)


 胸がきゅっと縮む。だが――


「ははっ!」


 唐突に笑い声が響いた。


「え……?」


「いや、すまんすまん。だってよ、別の世界の記憶だろうが転生者だろうが、ヴェゼルはヴェゼルじゃねえか!」


 夫は腕を組み、当然だとばかりに言い切った。


「だが、もしも……本当にそうだったら、村や私たちに迷惑をかけるかもしれないわ」


「迷惑? あの子がか? 冗談だろ。あいつは家族を大事にしてる。それ以上の理由なんかいるのか?」


 その言葉に、思わず息を呑む。


 夫は続けた。


「それに、記憶がどうこうってのは頭の中の話だろ? 腹が減ったら飯を食うし、眠くなれば寝る。泣きたくなれば泣く。そういう当たり前のことをする限り、ヴェゼルはちゃんと俺たちの息子だ」


 私は気づけば涙ぐんでいた。


「……あなたは、本当に単純ね」


「おう。褒め言葉だな!」


 夫は照れもせず、胸を張る。


 その姿がたまらなく頼もしく思えて、胸のざわめきがするすると解けていった。


 私はそっと夫の手を取った。


「ありがとう、あなた」


 その夜、私は安堵の涙を流しながら眠りについた。







 そっと布団にこぼれた、干し肉のかけらを払いながら。






翌朝、


「おいヴェゼル、早く食え! 冷めちまうぞ。この後、今日も鍛錬だ!」


 父の豪快な声に我に返る。


 アクティはまだ起きてこない。


 いつも通り、大皿の肉を豪快に頬張り、湯気の立つ粥をずずっと飲み干す姿。


 そんな父の隣に座る母は、どこか優しい目でその姿を見つめていた。


 昨夜、何かを話し合ったんだろう。


 ふたりの間に流れる穏やかな空気を見て、僕は少しだけ安堵する。


(……大丈夫、なの…かな)


 転生者かもしれない自分を、ふたりは拒絶せず受け入れてくれる。


 その確信が、じんわりと広がっていく。


 食卓を終えたあと、父は鍛錬に向かう準備をしていた。


「ヴェゼル、今日も一緒にすぐ来るか?」


「……ええ。お願いします」


 答えながら、僕は父の背中を見つめる。あ、袖にはやっぱり、、




でも、 昨日までよりも、少しだけ大きく、たくましく見えた。


 母の眼差しに救われた。




 鍛錬の準備を終えた父が、ふとこちらを振り返った。


「なんだその顔。心配すんな。お前は俺たちの息子だ。それで全部決まりだろ」


 その言葉に、胸がじんと熱くなる。


「……お父さんって、本当にすごいですね」


 思わず漏らしたその一言に、父は照れくさそうに頭を掻いた。


「おう、褒め言葉だな!」


 そのやり取りを見て、母は微笑む。


 夜に流した涙の跡など、どこにも見せずに。


 僕はその笑顔を見つめながら、胸の奥で強く思った。


(……この家族となら、きっと大丈夫だ)


 転生者だろうと、別世界の記憶を持っていようと。


 ここに帰る場所がある限り、僕は歩いていける。


 そう確信した朝だった。






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