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第271話 サクラの紹介をしようかい

冬の朝は遅く、陽光が雪を白く照らしてようやく館が目を覚ます。


その食堂には、すでにフリードとオデッセイの姿があり、暖炉の暖かさに包まれながら、寝ぼけ眼のアクティがパンをかじって、オデッセイにまだよ、と嗜められていた。エスパーダやアトンも席に座っている。


グロムとコンテッサは領内の村々を泊りがけで巡回に出掛けているので、あと数日は戻って来ないだろう。アビーとオースターも湯気の立つスープを凝視しながらも、無言でみんなが揃うのを待ったいた。


そこに現れたのは、ヴェゼル――頭の上には、ふくらんだ布袋のようなものが乗っていた。


「すいません。遅れました。サクラがなかなか起きなくて。みなさんおはようございます」


「……それは、何ですか?」


最初に声を上げたのはエスパーダだった。隣のアトンも目を瞬かせて、その“何か”を凝視している。ヴェゼルは苦笑しながら頭を軽く叩いた。


「これ? サクラです。冬が苦手なので、セリカさんがが昨日、寝袋を作ってくれたんです」


布袋がもぞもぞと動く。芋虫のように揺れて、やがて中から「ん……パンのにおい……」という小さな声が聞こえた。


「まさか……生き物ですか?」


「まぁ、そうですね…………生き物というか…………うちの妖精です」


その言葉の直後、寝袋からガバッと何かが出てきた。


中から、小さな光の粒が跳ねるように飛び出し、ふわりとヴェゼルの肩を回って、食卓の前にちょこんと座った。



闇の妖精にして、本人いわく“ヴェゼルの第一夫人”。


「おはようみんな! 私は闇の妖精サクラ! ヴェゼルの妖精第一夫人よ! きょうも元気で行こう! おー!」


唐突な名乗りに、エスパーダは絶句し、アトンは思わず椅子をずらした。


「……妖精…………第一……夫人?」


「……元気な妖精さんですね……」


サクラは腰に手を当てて胸を張り、得意げにふんぞり返る。


ヴェゼルは額に手を当て、「あー、もう……」とため息をつきながら、仕方なく紹介を続けた。


「ええと……昨日、エスパーダさんが俺の側近兼先生になったので、改めて紹介しますね。こちらが、サクラです。あのですね……懐かれたというか、取り憑かれたというか……婚約者? みたいなことを自称してまして。あ、夜になると大きくなるんですよ」


「夜になると?」


「ええ、まぁ、その……いろいろと…夜にあらためて紹介します」


言いにくそうに濁すヴェゼルを、サクラは「いろいろじゃないもん!」と睨みつけた。


エスパーダは興味深げにサクラを見つめ、「闇の妖精か……」と呟いた。


「もう教国の主教ではないので申し上げますね。これは本来秘匿されているのですが、教国では精霊や妖精を“保護”しています。聖・土・風――この三貴主の精霊と、そして、その眷属たちを聖なる庇護名の下に置くのです。私も数えるほどしか会ったことはありませんが……」


そこで彼は一拍おき、声を落とした。


「聖の精霊様は言っていました。闇の妖精は“国堕としの妖精”。災厄を呼ぶ存在だと」


その瞬間、サクラの顔が曇った。「私は違うもん!」


小さな体がぷるぷると震え、そのままヴェゼルの胸のポケットへ潜り込んだ。


「……あああ、エスパーダさん、サクラちゃん、なかせた!」アクティが指を差して叫ぶ。


エスパーダは狼狽え、「す、すみません、つい……! サクラさん、申し訳ありません!」と頭を下げた。


ポケットの中から、かすかに「わたし、悪い妖精じゃないもん……」という声が返ってくる。


エスパーダはさらに頭を下げ、「本当にすみませんでした」と繰り返した。


サクラがポケットから顔を出し、涙目で言う。


「じゃあ、罰ね! 『サクラちゃんはとっても素敵な女の子』の刑、十回! それをしたら許してあげる!」


食卓の空気が止まった。アビーが咳払いして解説する。


「それはですね、声に出して“サクラちゃんは素敵な女の子”と十回言わなきゃ許されない刑です」と補足した。


「な、なんですかその……」


「ルールなの!」サクラが腕を組んで、じっと見つめてくる。


エスパーダは観念し、顔を真っ赤にしながら言った。


「……サクラさんは素敵な女の子です」


「もう一回!」


「サクラさんは素敵な女の子!」


「もっと大きな声!」


「サクラさんは素敵な女の子!!」


結局十回繰り返し、エスパーダはぐったりと肩を落とした。


サクラは満足そうに微笑み、ヴェゼルのポケットから飛び出して、ヴェゼルの頭の上にちょこんと乗った。


「よろしい。許してあげる」


アトンは苦笑しながら、「エスパーダ様、顔が真っ赤ですよ」と囁く。


エスパーダは咳払いをして、「な、慣れていないだけです」と言ったが、食卓の笑い声は止まらなかった。


オースターが隅の方で、スープを飲みながら苦い顔をしている。


アビーが小声で「オースターさんも、この間、サクラちゃんを大声で何回も褒めてたわよね……」と呟くと、フリードが豪快に吹き出した。


「おいおい、オースター殿! あなたも“素敵”って十回言わされたのか!」


「……三回です。私の時は『かわいい』と『魅惑の妖精』と『ヴェゼル殿とお似合い』の刑でした」


「はっはっは! 妖精相手に負けるとはな!」


サクラはそれを聞いて、「サクラは負けないの!」と得意げに手を振り、ヴェゼルのパンを少し拝借してかじり始めた。


「サクラ、それ俺のパンでしょ!」


「だって、ヴェゼルのものはサクラのものだもん!」


ヴェゼルが呆れた声を出す。


食卓は笑いに包まれ、窓の外では雪が静かに降り続いていた。


その柔らかな光の中で、エスパーダとアトンの顔にも、ようやく笑みが戻っていた。昨日までの重苦しい沈黙は、もうどこにもない。


サクラが再びヴェゼルの頭の上に戻り、モゾモゾと寝袋に潜り込む。


「ふぅ……おなかいっぱい。ポケットよりこっちの方が温いわ。ねぇ、ヴェゼル、今日は何するの?」


「仕事。……あと、サクラの“婚約者”発言を撤回させる会議」


「えー、うそー! やだー!」


館の中にはまた笑い声が広がった。



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