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第28話 ヴェゼルの告白 オデッセイの心

夜の静寂は、森よりも深い。 自分の部屋で、ヴェゼルは机に肘をつき、灯火に揺れる炎をぼんやりと見つめていた。



 日中は鍛錬や勉学に追われている。剣を振り、書を開き、妹と遊び、家族たちと過ごす。だが、この頃、夜になると決まって胸の奥に黒い渦が生まれる。




(俺は、本当に“ヴェゼル”と言えるのか……?)


転生直後の心のオヤジの感情は徐々に同化している気もする。


 しかし、それとは逆に倒れて起きた直後からの違和感は、日を重ねるごとに濃くなっていった。 


 前世の記憶。記憶だけなのか、気持ちすらそれに支配されてしまったのもよくわからない。

ただ、家族への愛は変わらない、、、、、気もする。

 


ヴェゼルは底知れぬ恐怖に呑まれた。 もし家族に告げれば、どうなるだろう。 母のオデッセイは、間違いなく信じようと努力してくれるだろう。けれど――。


(もしかして、気味悪がられるんじゃないか……? 本当の“ヴェゼル”は死んだんじゃないか、って思われたら……?)


 喉を塞ぐような不安に、心臓がきつく締めつけられる。 家族を失うのが怖い。嫌われるのが怖い。 それに、転生という言葉がもたらす意味は、もっと恐ろしい。


 イムザ・イマキ教会。 この大陸で絶対的な権威を持つ彼らは、初代教皇が“別世界からの転生者”であったと聖典に記している。 もし自分が同じだと知れたら……。 歓迎されるどころか、利用され、信仰の道具にされるかもしれない。


 ――母を、家族を巻き込むわけにはいかない。


 けれど、オデッセイは違う。 誰よりも強く、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも自分を愛してくれる。 彼女にだけは、嘘をつき続けたくなかった。


 夜ごと、ヴェゼルの胸に生まれる葛藤は大きくなり、やがて言葉になろうとしていた。








 その夜、ヴェゼルはついに覚悟を決めた。 胸の奥で渦巻いていたものを、ほんの一部でも言葉にしなければ、もう自分を保てない――そう思ったからだ。


 居間には、母がいた。 オデッセイは静かに本を閉じ、息子の方を見やる。炎の明かりに照らされた横顔は、変わらず凛としていて、どんな闇にも負けぬ光を宿している。


「……どうしたの、ヴェゼル」


「母上……聞いてほしいことがあるんだ」


 自分でも驚くほど、声が震えていた。 オデッセイは真剣な眼差しを向け、言葉を遮らずに待ってくれる。その沈黙の優しさが、かえって胸に痛い。


 何度も口を開きかけては閉じた。 けれど――この人にだけは隠しきれない。


「……お祭の前の日に倒れて眼が覚めたら、別の世界の人の記憶が流れ込んできたんだ」


「記憶?」


「うん。この世界じゃ見たことのないものばかりが、頭に浮かぶ。大きな石の道を走る鉄の馬。空を飛ぶ、銀色の鳥。人々が……小さな板のようなものを触って、遠く離れた誰かと会話している」


 オデッセイは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに真剣な表情に戻った。「……それは、ただの夢などではないのね」


「わからない。だけど、知識として覚えているんだ。食料を増産する方法や木を乾かす方法も、薬草や肉を長く保存する方法も……なぜか、知っている。誰からも習っていないのに」


 喉が渇く。心臓が早鐘のように鳴る。 オデッセイがどう受け止めるのか――それが怖かった。


 少しの沈黙の後、彼女は静かに口を開いた。「それを、ずっと抱えてきたのね」


「……うん。母上にだけは、話さなきゃと思ってた。だけど……全部は言えなかった。もし俺が本当は……この世界の“ヴェゼル”じゃなくて……前の誰かの記憶を持った別人だったら……」


 そこまで言って、声が掠れた。 オデッセイが椅子から立ち上がり、彼の隣に座る。 そして何のためらいもなく、ヴェゼルの肩を抱き寄せた。


「ヴェゼル」


 低く、しかし揺るぎない声。


「あなたがどんな記憶を持っていようと、どんな夢を見ていようと――私にとっての息子は、あなただけよ」

 胸に熱いものが込み上げた。涙がこみ上げるのを必死に堪える。


「でも……怖いんだ。初代教皇も“転生者”だったっていう。もし俺もそうだとしたら……狙われるかもしれない。母上を巻き込みたくない」


「馬鹿ね」オデッセイは苦笑した。「守られるばかりだと思ってるの? 私はそんなに柔じゃない。あなたがどんな秘密を持っていても、共に背負う。それが母親であり……家族でしょう」


 その言葉は、雷のように胸を打った。 これほどまでに信じてくれる存在が、他にあるだろうか。


「……ありがとう、母上」


 声は掠れ、震え、涙と共に零れ落ちた。 だが、その夜ヴェゼルは初めて、自分の秘密を“共有できた”と感じた。







夜が深くなるほど、心は乱れた。


 ヴェゼルの口から語られた「別世界の記憶」。


 それは穏やかな告白ではなく、私の心の奥に、鋭い矢のように突き刺さった。


 目の前にいるヴェゼルは、確かに私の知る人だ。


 笑い、怒り、悩み、喜び――すべてを共にしてきた、変わらぬ存在。


 けれど、胸の奥で小さな声がざわめく。


(もしかしたら、あの時――祭りの前日、本当のヴェゼルは、この世からいなくなったのではないか?)


 思い出す。あの時、転んで、混乱した表情を浮かべ、そして眠りについたヴェゼル。


 それが最後だったのかもしれない――そう考えると、胸の奥に重く、痛みが広がる。


 手を伸ばせば、今目の前にいるヴェゼルの温もりがある。


 背中を支える力強さ、握り返してくれる手の温度――すべてが「今」の現実。


 それでも、心の片隅で、かつてのヴェゼルにそっと手を振る感覚があった。


 まるで、半身が引き裂かれるような感覚で――過去のヴェゼルと、今のヴェゼルの間で心が引き裂かれる。


 涙が頬を伝う。


 でもその涙は悲しみだけではない。


 過去のヴェゼルへの惜別、失ったかもしれない時間への痛み、そして今のヴェゼルへの愛情――すべてが複雑に絡み合い、言葉では言い表せない波となって心を打つ。


(あの子――私は、あの子にちゃんとお別れを告げなければ)


 胸の奥で小さくつぶやき、私は目を閉じる。


 思い出す。あの頃のヴェゼル。まだ幼く、無邪気に笑い、未来を知らずにいたあの子。


 無邪気だったけれど、どこか強さもあって、私に希望を与えてくれたあのヴェゼル。


 静かに、でも確かに、私はそのヴェゼルに語りかける。


「ありがとう……あなたがいたから、私は今こうして生きてこられたのよ」


 声にならない、かすかなつぶやき。


 でもそれで十分だった。


 もう会えないかもしれないあのヴェゼルに、精一杯の感謝を伝える。


 そして、そっと手を合わせる。


 胸がぎゅっと締めつけられる。


 でも、私は決める。


 涙を拭い、目を開く。


 小さな微笑みを浮かべ、私は手を伸ばす。


 この手は、過去を握るためではない。


 今を生きるヴェゼルと、未来を歩むための手だ。



 深く息を吸い込み、私は静かに立ち上がった。


 胸の奥で、まだ小さく揺れる過去のヴェゼルの面影に手を振る。


 けれど、手を伸ばせば、そこにいるのは今のヴェゼル。温かく、力強く、笑顔で私を見つめる存在だ。


 過去のヴェゼルへの惜別の思いは、まるで柔らかな霧のようにそしてほのかに痛みを伴って胸の奥に残る。


 それでも、私は決める。


 その霧と痛みを抱えたまま、前を向くことを。


 「……さあ、行こう。もう過去に囚われてはいられない」


 

 過去の自分とそっとお別れする。


だけど、今のヴェゼルは無垢で、そして真っ直ぐに私を見ている。


肩に手を置かれ、温かさが伝わる。


 ああ、この手のぬくもりこそ、私が求めていた安心。


 彼が笑うだけで、心は解きほぐされ、勇気が湧いてくる。


 森の風が髪を揺らす。夜空に星が輝く。


 すべてが、私たちの未来に向けて光を投げかけているようだった。


 でももう行かなくちゃ。未来に向かうために、目の前のみんなと共に生きるために。


 涙が頬を伝い、口元に小さな笑みが浮かぶ。


 過去の痛みを受け入れた瞬間、胸の奥の霧がゆっくりと晴れていく。


 そして、私の全ての心は、今のヴェゼルと家族のために向けられる。


 迷いや不安があっても、彼がいるだけで、私の心は落ち着き、強くなれる。


 今目の前にいるヴェゼルこそが、私が愛し、守るべき存在なのだ。


もうヴェゼルがどうあろうとも良いじゃないか、すべてが私の愛すべきヴェゼルなのだから。


その想いがすべてを溶かしてくれた。


 深く息を吐き、手を握る。


 この手は、過去を握るためではない。


 今のヴェゼルや家族と共に未来を歩むための手。


 そして、家族と仲間たちと共に生きるための手。



 その言葉に、過去も未来も、痛みも喜びもすべてが溶け込み、ただ目の前のヴェゼルと歩む今が輝いていた。


 涙はもう悲しみのものではなく、希望と決意の証となった。


 私は前を向く。全力で、愛する人たちと共に歩む未来のために。










でも、あと少しだけ、あの時のヴェゼルと。   今は思い出の中で浸らせて。


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