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第258話 防壁計画

朝からいろいろあって、なぜかヴェゼルの片頬はほんのり赤かった。


ランツェのもっと撫でてほしそうな顔と、アビーのジト目を背中に感じながら、彼は領主の嫡男としての顔に切り替える。


執務室には、父フリード、母オデッセイ、ルークス、グロム、そしてその婚約者コンテッサが揃っていた。今日の議題は、ホーネット領の防衛計画。領地を守るための具体的な打ち合わせだ。


「まず、防壁ですが――」ヴェゼルは資料を並べ、淡々と説明を始めた。


「領館を中心に円形で、半径約六十六メートル。全長約四百メートルの防壁を作ります。高さは四メートルを目標に。これで全ホーネットの村民500人を収められるはずです」


「なるほど、防御と避難、両方を兼ねるわけね」とオデッセイが頷く。


「はい。土台は俺の《共振位相》で幅2メートル、高さ一メートルの土台を先に作ります。これが概ね一週間。次に、土レンガ三十センチ角のものを、四万個生成します。それで計算上は防壁ができるはずです。これは俺が一人で生成するので期間は約10〜14日間と想定しています。その後で、元石工のプラウディア爺さんの監督のもと、二十人で積んでもらいます。目地は火山灰と石灰の混合で――」


「……まったく、お前は計算が好きだな」グロムが腕を組みながら呟いた。


「魔法使いというより建築士よね」と、オデッセイがそういって笑う。


アビーが両手を組み、目を輝かせる。


「わあ、レンガ積みなんて初めて! 私積み木は得意なの! 私も手伝いたい!」


「いや、積み木とは似て非なるものだよ…………アビーは魔法訓練と勉強を優先してね。はじめの縄張りを手伝ってくれるだけでも十分有難いから」


「むぅ……見守るだけなのね……」頬をふくらませるアビーに、グロムが小さく笑う。


「……拗ねてる。拗ねてると子供に思われるぞ」アビーが口を噤む。


フリードは相変わらず無言で頷き、オデッセイは淡々とメモを取っている。


その穏やかな空気の中で、ヴェゼルの心には小さな焦りが芽生えた。


――これで本当に守りきれるのか? それでも、彼は不安を飲み込み、次の計画へと進めた。


準備の方は今の所万端、だった。縄六十六メートル分、杭、水平器。本当は測量器などがあったらよかったんだろうが、木の棒の上に分度器のようなものが載ってたような程度しか知識がないので、作るのを諦めたのだ。


水平器は長い棒をくり抜いて、そこに水を張り、木で作った丸い球を浮かべただけの、ヴェゼルお手製の簡易水平器だ。


現場監督はフリード。アビーとオースター、グロムとコンテッサも補助にまわる予定だ。アビーとオースターは勉強の一環ということらしい。


領館を中心に、円形の縄を張り巡らせ、杭を打ち込むたびに、領地の未来が形になっていくだろう。


「これで、ほぼ全ての領民を防壁内に収められるといいな」


ヴェゼルの声に、アビーが満足そうに微笑む。


まだ壁はない。それでも、確かに「守りの輪郭」はそこに見えた気がした。


そして――会議の最後に、ヴェゼルは新たな提案を切り出した。


「もうひとつ。防壁だけでなく、今後の体制も見直したいです。うちの従者は五人。戦時には徴兵で補っていますが、今後は常備兵化を進めたいんですがいかがでしょうか。今回の作業募集二十人は、そのまま訓練を経て、治安維持兼・常備兵として雇用する提案です」


「常備兵か……」ルークスが眉を上げる。


「つまり、戦時だけじゃなく平時から見回りを?」


「はい。今はグロムおじさんとコンテッサさんが中心になって、従者たちとその都度連番で領民にお願いして、ホーネット村や他の村を見回っていましたが、それだと今後どんどん領民が増えていくと手に負えないと思います。いざという時、徴兵した兵をまとめる役割も担わせます。武力がなくても、戦闘だけでなく、工兵や輸送部隊も重要なので、それを任せる人材は必要です。戦が長引けば後方支援が最重要になりますし」


「確かに、前のサマーセット戦の時は短期決戦だったが……長期化すれば、食料と輸送が命取りになる可能性はあるな」フリードが静かに呟いた。


オデッセイも頷く。「新製品のおかげで財政には余裕があるわ。今のうちに人材を育てるのは賛成だわ」


「グロム、どうだ?」


「賛成だ。これから結婚すればコンテッサが現場に出づらくなる可能性もある。配下を増やしておくのは現実的だな」


オデッセイが微笑んで言う。「みんなが賛成なら、決まりね」


そして、フリードが重々しく立ち上がった。「では――採用だ!」


その瞬間、執務室に小さな拍手が広がった。


コンテッサがそっとグロムの腕を引き微笑んだ。ヴェゼルはそんな光景を見て、ふと頬を緩める。


「……なんか、徐々に“領民を守る体制”になっていく気がしますね」


「ふふ、それならまず、自分のほっぺを守る練習からね」オデッセイの冗談に、みんなが吹き出した。


まだちょっと赤い頬を押さえるヴェゼルが、ただ一人、苦笑していた。


この日、ホーネット領に“常備兵制度”が正式に誕生した。


その始まりが、こんな穏やかで少し笑える午前だったことを、後に皆が語り合うことになる。







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― 新着の感想 ―
異世界の流行の形にはしないのですね。
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