第257話 紅葉は冬にも咲く
夜が深まり、外には徐々に雪が降り積もる。ホーネット邸の明かりが落ちたころ。フリードとバーグマン、それにグロムとオースターの四人は、まるで戦場のような酒盛りを繰り広げていた。
中央のテーブルには、琥珀色の酒瓶がずらり。グロムが豪快にジョッキを鳴らし、バーグマンは「ほっほっほ、まだまだ若いのぅ!」と笑う。
フリードはホーネット酒を片手に、「今日は泊まってけ! 今日は冷える! 帰らせんぞバーグマン殿!」と大声を上げ、オデッセイは隣で呆れ顔をしていた。
――とはいえ、オデッセイも「見張り役」として同席。彼女は手に水を持ちながら、静かにフリードへと釘を刺す。
「あなた、これ以上飲んだら寝室には入れませんからね」
「わはは! じゃあリビングで寝るか!」
そんな具合で、笑い声と杯の音が夜更けまで響いていた。
一方そのころ――。
ヴェゼル、アビー、ランツェ、アクティ、カテラは、応接室の隣で仲良く“子供組”の時間を楽しんでいた。トレノとカムシンは、カムリから隣の部屋で宴会の実務研修を受けているようだ。
テーブルにはいつもの知育玩具とビー玉。ヴェゼルがルールを説明し、アクティとカテラは真剣勝負。ランツェはヴェゼルの隣で、妙に距離が近い。
「ちょっとランツェ、近いわよ」アビーが静かに注意する。
「はい、でも……ご主人様の側にいると落ち着くんです」
「その呼び方もやめなさい」
「でも、ご主人様が……」
「やめなさいと言ってるの」
「は、はいっ、アビーお嬢様っ」
結局、三分後にはまた同じ距離まで詰めていた。ヴェゼルは苦笑しながら、ビー玉を転がす。
「まぁまぁ、アビー、遊びなんだし」
「“まぁまぁ”じゃないわよ」
そのやり取りに、アクティとカテラがくすくす笑う。
サクラは夕食を食べすぎて「眠い……」と呟き、ふわりと収納箱へ。ただ去り際に、「ヴェゼル、寝るとき呼んでね」と言い残して、すやすやと消えた。
――隣の部屋からは、フリードたちの「うおおおっ!」という雄叫び。
「ねぇ、あっちは宴会?」「うん、父さんが酒の鬼モードだ」
ヴェゼルが頭を掻くと、アビーが肩をすくめた。やがて夜も更け、就寝の時間。
屋敷が静まり返ったころ。ヴェゼルはベッドに入り、いつもどおりサクラを呼び出した。出てきたのは、夜仕様の“大きなサクラ”。
「ねむい……寝よ」半分寝言のような声。ヴェゼルもあくびをひとつ。
二人は静かに眠りに落ちた。
――が、深夜。ふと、足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ。ドアが、わずかに軋む。サクラは爆睡。ヴェゼルだけが目を開ける。
(敵……? いや、気配が小さい)そして、影が近づく。小柄な人影。
その影がベッド脇で立ち止まり、囁く。
「ご主人様……」聞き慣れた声だった。――ランツェだ。(なんだ、ランツェか……)と、安心した瞬間に睡魔が襲う。
「おいで」と、つい口をついて出た。ランツェは、顔を真っ赤にして「はいっ!」と小声で答え、ベッドにもぐり込む。
そして、ランツェはそっとサクラを足元へ押しやり、ヴェゼルの腕の中へ。抱き枕のようにくっつくと、ヴェゼルももう抵抗する気力がなかった。
――翌朝。
いつものように、アクティが元気よく部屋に突入する。
「おにーさま! おき――」ぴたり、と足が止まった。
ヴェゼルの腕の中にいたのは――妖精のサクラではなく、寝ぼけ顔のランツェ。しかも幸せそうに寝息を立てている。
アクティは目を見開き、そして……ニヤリ。「ふ、ふふふ……おもしろいもの、みちゃった」
そっとドアを閉めて、廊下をスキップで去っていく。
――五分後。
今度は、アビーを連れて戻ってきた。「アビーおねーちゃん、ちょっとみて」
「なに? 朝からそんな顔して」
「いいから」
ドアを開けた瞬間、アビーの瞳がカッと光った。「――なに、これ!」
ベッドの上。ヴェゼルとランツェが、すやすやと寄り添って眠っていた。しかもヴェゼルの手は、しっかりランツェの腰にまわっている。
「なんでランツェと一緒に寝てるのよーっ!!」
アビーの怒号が屋敷中に響いた。その声で、フリードとオデッセイ、バーグマンたちが慌てて駆けつける。そして全員、寝室の光景を目撃。
静寂。
次の瞬間、オースターが小声でつぶやいた。「……これ、説明できるんです?」
「できるわけないでしょ」オデッセイが即答する。
ヴェゼルは揺すられて目を覚まし、目を擦る。「おはよう、アビー……?」
目の前には、怒りに震えるアビー。そして、背後には重鎮たち。
「……なにこの状況」ふと横を見る。
――そこにいるのは、ランツェ。
「えっ!? サクラじゃなかったの!?」
「おはようございます、皆さん」ランツェがのほほんと挨拶をする。
アビーの眉間の皺が、きゅっと寄った。「ヴェゼル! なにこれは! 説明して!!」
「え、えっと……寝ぼけてたら、なんか……」
「寝ぼけてたら、誰でもベッドに引きずり込むの!?」
パァン!
乾いた音が響き、ヴェゼルの頬に真っ赤な紅葉が咲いた。
「い、痛っ……いや違うんだ、ほんとに」
「言い訳無用!」
ランツェはオロオロしながらも、正直に口を開いた。
「わたし、“おやすみなさい”を言いに来たんです。でも、ご主人様が“おいで”って……」
「ついでに潜り込んだのね!?」
「はいっ」
満面の笑顔で答えるランツェ。アビーはこめかみを押さえた。これは確信犯なのだろうか、それとも天然?
「……あなたたち、ほんとにもう」
フリードが豪快に笑う。「がはははっ! 若いってのはいいなぁ!」
オデッセイが即座に肘打ちを入れた。「あなたは黙って」
「いでっ!」
バーグマンも笑いをこらえきれず、髭を震わせる。「婿殿、正妻はアビーじゃぞ? 忘れるでないぞ」
アクティは廊下の影から、悪い顔で小声。「さすにい……うふふっ…」
その日の朝食――。
食卓には、頬に見事な紅葉を咲かせたヴェゼル。
その隣で、アビーが無言のままパンをもぐもぐと爆食していた。
その横でランツェは正座で小さくなり、サクラは机の上で小声で呟いた。
「人間って、寝るのも騒がしいのね……」
――ホーネット邸の朝は、今日も平和(?)だった。




