第255話 モノづくりフェイズ02
次の日の朝、領館の広間はいつものように朝の光で満ちていた。
ヴェゼル、フリード、オデッセイ、アビー、オースター、グロム、そして何人かの従者たちは、まだ温かいパンやスープを口に運びながら朝食を楽しんでいた。そんな穏やかな空気を打ち破るかのように、扉が勢いよく開かれた。
「ヴェゼル様ー!」
その大声の主は、ホーネット村随一の木工工房を取り仕切るパルサーだった。今では村一番の職人として知られるようになっていた。
「小鳥笛が完成しました!」
パルサーは息を切らしながらも、身なりは頭はボサボサ、目の下には隈をつくりながら、胸を張って宣言する。だが、その瞬間、広間にいた全員が気づいた――パルサーは朝食中の皆が目に入らずに入ってきたようだった。
「あ、すいません。みなさん、朝食中でしたね……」
恐縮しながらもパルサーの腹は容赦なくぐぅ、と鳴った。オデッセイは眉をひそめ、少し呆れた口調で尋ねる。
「パルサー、朝食は食べたの?」
パルサーはもじもじと足を揃え、手をひらひらさせる。「えっと……」
「えっと?」オデッセイの声が少し鋭くなる。
「朝食というか……昨日から何も食べてません。この笛を作るのが楽しくって……!」
「何ですって……?」オデッセイは驚きつつも、少し苦笑いを漏らした。パルサーは嬉々として小鳥笛の自慢を始めようとするが、オデッセイが手をぱっと挙げて制した。
「まずはうちの朝食を食べなさい。話はそれからよ!」
パルサーは恐縮しつつも、鳴り止まないお腹に抗えず、ようやく席に着いて朝食にかぶりついた。パンをかじる手が止まらない。スープも一気に飲み干す。
「すごい食欲ですね……」ヴェゼルが呆れながらも笑うと、グロムは目を細め、無言でうなずく。アビーは楽しそうにクスクス笑いながらパルサーの様子を見ていた。
ようやくパルサーの腹が満たされ、全員が応接間に移動すると、パルサーは誇らしげに小鳥笛を取り出した。
「さあ、みなさん。聞いてください!」
彼女が吹くと、ピーヒョロロー、とヴェゼルの耳に馴染んだ音が響き渡る。音色は軽やかで、まるで朝の森に小鳥が舞い戻ったかのようだった。
「すごい……ことりさんみたい……!」アクティが目を輝かせる。
「わたしもやりたい!」
アクティは早速笛を手に取り、口に当てて吹いてみる。その脇でカテラも興味津々の顔で笛を覗き込む。音が鳴るたびに、二人の顔に笑みが広がった。
「良い出来ですね!」ヴェゼルはパルサーを褒める。
「でも、これは本来、従者や警備の人たちの緊急連絡用に作ったんだけどね」と苦笑いを浮かべる。
するとパルサーはニヤリと笑い、箱からもう一つの笛を取り出した。長い棒状の、いわゆるホイッスルのような形をしている。
「この笛も作ってみました! 子供用と、連絡用、両方揃えたらどうですか?」
ヴェゼルは少し目を細め、「まぁ、そうするしかないか……」と妥協する。
パルサーが作った小鳥笛に興味津々なサクラがふと顔を覗かせる。
「私も吹いてみたい!」
しかし、試してみると、スースーと空気が漏れるだけで、やはり小さなサクラでは音が出せなかった。
「ふー……無理みたい……」サクラは肩を落とす。
その様子を見たみんなが大笑い。サクラも思わず吹き出し、恥ずかしそうに言う。
「パルサーさん! 私サイズの笛も作って!」
パルサーは頭をかきながら、悩ましげに答える。
「うーん、サクラ様のサイズに合わせると、作るの難しいかも……でも、頑張ってみます!」
その言葉に、アビーは笑いをこらえつつ、ヴェゼルに小声で耳打ちする。
「サクラちゃんの笛も作ることになるの……大変そうね」
ヴェゼルは苦笑いで肩をすくめる。
応接間には笑い声と、笛の軽やかな音色が交錯した。朝の穏やかな光の中、ヴェゼルは肩の力を少し抜きつつも、村のための防衛計画のことを頭の片隅で考えていた。
小鳥笛一つでこれほどの騒ぎになるとは……と、微笑みながらも、次の試作に思いを巡らせるのだった。




