第27話 ーーーオデッセイとフリードーーフリードの思いー
ーーーー フリード(オデッセイとの出会いと結婚まで) ーーーー
――俺が初めてオデッセイを見たのは、学園の入学式のあとだった。
大広間には新入生たちのざわめきが満ちていた。高い天井に吊るされたシャンデリアの光が、きらきらと床に反射する。
年少の俺たちは、背筋をぴんと伸ばして座るよう促され、教師たちの視線に緊張を強いられていた。
その時、目に飛び込んできたのが――小柄な、でも背筋をまっすぐに伸ばした少女だった。
透き通るような瞳。どこか澄み渡る空気をまとい、静かに前を見据えていた。周囲の子たちはささやき合う。
「平民なのに主席合格だって……」
「錬金魔法の才能があるらしいぞ」
俺はただ、黙って見つめていた。正直に言えば――一目で惹かれたのだ。
入学してからも彼女は常に堂々としていた。授業では鋭い質問を次々と放ち、先生たちからも褒め称えられる。
先輩や同級生からも一目置かれ、皆が自然と距離を置く存在だった。
その一方で、俺は授業がさっぱりだ。剣術だけが取り柄の脳筋で、学問には全く自信がなかった。
(……話しかけたって、どうせ相手にされないよな)
そう思って、遠くから見つめるしかなかった。
だけど、どうしても目を離せない。彼女の言葉、姿、仕草――全てが、頭の片隅に焼きついて離れなかった。
たった一度だけ、言葉を交わしたことがある。卒業試験を終え、廊下ですれ違ったときだ。
「……あの、フリード君よね。剣術、すごかったわ」
その一言に、心臓が跳ね上がった。
社交辞令だったかもしれない。それでも、その瞬間の笑顔は俺の胸に深く刻まれた。
時は流れ、俺は剣術だけを頼りに、冒険者として森や山を駆ける日々を送っていた。
ある日、魔物討伐の最中に――再び出会ったのが、あのオデッセイだった。
塔で学ぶ才媛、学園で見た少女は、少し大人びていた。けれど、変わらぬ凛とした空気と、真っ直ぐな瞳を持っていた。
偶然の再会に、俺は心の奥で何かが弾けるのを感じた。
(運命だ……!)
森の中で、俺は彼女に守られ、彼女は俺の背中を信じて任せる。凸凹のコンビが自然に息を合わせ、戦いの中で互いを補い合う。
薬草を調合し、傷ついた冒険者や村人を救う姿を目の当たりにし、俺は改めて思った。
(……やっぱりすごい人だ)
頭が良いだけじゃない。強くて、優しくて、迷わず行動する――その全てが、俺の胸を打った。
俺は幾度も口に出してしまった。
「ずっと一緒に組もう!」
でも、恋の言葉を口にする勇気はなかった。
振られるのが怖かったからだ。
彼女がどう思っているかも分からない。
そして運命の日。
ホーネット村に戻ったとき、俺は胸が締め付けられるような不安に駆られた。
村に辿り着くと、建物は無事で村人たちは生きていた。安堵の息をつく間もなく、執事カムリが告げた。
「フリード様……お母様のノートオーラ様と次兄のルークス様は、隣領に情報を伝えに出られましたが、途中で魔物に襲われ……」
言葉が止まり、俺は耳を疑った。
さらにカムリは、村の入口での戦いを伝えた。
父、長兄、そして精鋭五人は村を守ったが、戻った者はいなかった。他の村人は怪我一つなかったが、その代償に、俺の家族は命を落としたのだった。
「――ぁあああああああああああ!」
大地を拳で殴り、嗚咽が止まらない。
――その時、オデッセイが前に立った。
「フリード。あなたの家族は村を守り抜いたのよ。立派に戦った。そして村人たちは無事だった。それが彼らの誇り」
涙でぐしゃぐしゃになった俺の目に、彼女の瞳はまっすぐに映った。
「でも、俺は……何もできなかった!」
「黙りなさい!」
振り抜かれた手が頬に当たり、衝撃が脳を揺さぶる。
「いつまでも泣いて、誰が次を守るの!? 彼らは命を懸けて次に託したのよ! あなたが受け取らなきゃ意味がない!」
その強さに、俺は言葉を失った。
そして、彼女は震える胸に拳を当て、言った。
「フリード、あなたは私にとっても大切な人。だから、私が支える。あなたの全部を、私に任せて」
――逆プロポーズ。
涙が止まらない。絶望じゃない。温かく、震える胸の奥に沁み渡る感覚。
「……本当に……俺でいいのか」
「ええ。あなたでなきゃ駄目」
その瞬間、俺は決めた。
この人を、一生守る――必ず。
そして、ぽつりと呟いた。
「……お前……やっぱ、かっけぇな……」
学園時代の、ただ遠くから見つめるだけだったあの少女。
今は俺の前で、力強く生きている。
その姿を、俺は一生忘れない。
でも、俺はつくづく思うんだ。
やっぱり、すごい人だ。




