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第251話 ルークスが戻る

朝、ヴェゼルはヴァリーのお墓に向かい、周囲で摘んだ花をそっと添えた。


アビーとアクティ、そしてサクラも隣で手を合わせる。その後ろにはオースターも付き添っていた。日の光に霧がきらめき、静かな朝の空気が三人を包んだ。


午前は、フリードと軽く鍛錬を行い、午後には執務室へ向かい、報告書の整理や村の書類に目を通した。徐々に領政も学んでいこうと思って自らフリードにお願いしたのだ。


また、アビーの魔法の練習も見守りつつ、時折助言をし、ヴェゼル自身もアビーと一緒にオースターの授業を受けるなど、少しずつ日常に慣れつつあった。


そんな中、ヴェゼルたちに遅れること約十日、昼前にようやくルークス、カムシン、カテラ、ステリナと護衛四名がホーネット村に到着した。


皆で手を振りながら迎えると、長旅の疲れが見える彼らの表情に、すぐにお風呂へ案内することにした。護衛たちは別室でゆったりと休ませ食事を振る舞う。ルークスたち四名にも遅めの昼食を用意する。


暖かい料理を口にしたルークスたちは、ふわふわのパンを頬張りながら、「あったかい……やわらかい…ありがたい」と目を輝かせる。特にカムシンとカテラふわふわパンには感動したらしく笑顔が輝いていた。


「このパンを食べると、ホーネット村に帰ってきたんだって実感するよ」


その言葉に、ヴェゼルもほっと微笑んだ。遠い帝都や荒れた道を越え、ようやく安らぐ瞬間がここにある。少しずつ、だが確かに、村の暮らしが戻ってきていた。



食事が終わると、ヴェゼルは応接間にルークスとステリナ、カムシンとカテラを呼び入れた。


フリードとオデッセイ、グロム、カムリ、トレノ、セリカは既にソファに座っており、部屋は午後の光で柔らかく照らされていた。木製の家具の影が床に長く伸び、静かな緊張が空気を包む。


部屋に入ったカムシンとカテラは、貴族の前に立つ緊張からか、手をぎゅっと握りしめた。


「大丈夫だよ。俺の父さんと母さん達だから、安心していいよ」


ヴェゼルの声に、二人の肩が少しだけ緩む。フリードはにこやかに頷き、朗らかに言った。


「おお、怖がることはないぞ。ちょっとおじさんに会うと思って気楽にいればいい」


オデッセイも微笑を浮かべ、優しく言葉を添える。


「肩の力を抜いていいのよ。みんな同じ屋根の下にいる家族みたいなものだから」


二人の言葉に、カムシンとカテラは胸を撫で下ろし、深く頭を下げた。


「よろしくお願いします」


「徐々に慣れればいいわよ」その素直な声に、オデッセイは頷きながら微笑む。と


カムシンはこれから、カムリとトレノのもとで従者兼執事見習いとして仕えることになった。


「なんでも聞いてくれ! 困ったことがあったらすぐ相談してね!」


トレノが胸を張って言うと、カムシンは小さく頷き、控えめに笑った。


カテラは体調を見ながらアクティの遊び相手を務め、セリカから侍女の心得を学ぶことになった。


「まずは朝の身支度と掃除から覚えていきましょうね」


穏やかな声に、カテラは真剣にうなずく。


一方、ステリナはバネット商会の支店設立の準備をしつつ、カテラの様子を見ながら、しばらくは領館に住んで、商会の従業員として働くことにした。


ルークスは、ガラス製品の拡充を考えていたが、クルセイダーの襲撃を経て、考えを改めた。今は商売よりも、領の防衛や物資の備蓄を優先しようと考えていると言う。


「それで、資材の確保と防衛の優先順位を考えてくれるってことですね」


ヴェゼルの問いに、ルークスは短く頷く。「おう。まずはここを守るのが最優先だろ」


フリードとオデッセイも頷き、「ぜひお願いしたい」と声を揃えた。その流れで、結婚したばかりのグロムに話が及ぶ。


今のビック領は、ホーネット村四百人、ルータン村五十人、シマロン村六十人、デュトロ村四十人、トラバース村四十人という規模になっていた。


オデッセイは静かに言う。「どこかの村をフリードの弟として任せられる存在になってほしいの」


「え、俺が……?」グロムは思わず目を丸くし、肩をすくめた。


「俺はフリード兄の補佐でいいんだけどな」それに対し、コンテッサが毅然とした声で言い放つ。


「それでは、この領の発展は望めません。それに、もし戦や困難が起きた時、別の軍が動けるようにしておくことが重要です。だから、あなたはその立場を自らに課さないといけないのです」


グロムはしばらく黙り、やがて深く息を吐いて頷いた。「わかった。……やってみよう」


コンテッサの前では、どうにも頭が上がらない。その様子に、ヴェゼルは小さく笑った。


部屋の片隅では、カムシンがトレノと書類を広げ説明を受けていたが、しかし、カムシンは文字や数字がわからないのでまずはそこからだな、とトレノが言っていた。カテラはセリカと一緒に早速アクティの知育玩具で遊んでいる。


「ねえねえ、どっちが早くこの積み木を詰めるか競争しよう!」アクティの声に、セリカは笑って答える。


「わかりました! 競争ですね!」


サクラはベゼルのポケットから顔を出し、いつものようにクッキーを貪っている。笑い声と積み木の音、湯気と香りが交錯する領館の中で、ヴェゼルは静かに外を眺めた。


遠くの丘の向こうにはまだ見ぬ困難がある。だが今は、この穏やかな日々を守るために、彼は深く息を吸い、微笑む。


――新しい日常とささやかな責務。ビック領は、確実に前へと進み始めていた。

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