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第26話 ーーーオデッセイとフリードーーオデッセイの思いー その2

ーーーー オデッセイの人生 (スタンピード) ーーーー


ある日のことだった。


 冒険者ギルドの重たい扉を押し開けた瞬間、フリードの胸を冷たい刃が突き刺した。


 目に飛び込んできたのは、掲示板に貼られた赤紙。血のように鮮やかな色が、否応なく視線を吸い寄せる。


「……ホーネット村が、魔物の大群に襲われただと!?」


 思わず声が裏返った。赤紙に記された地名は、紛れもなく自分が生まれ育った村の名――ホーネット村。


 脳裏に家族の顔が浮かぶ。優しい笑みを浮かべる母ノートオーラ。剣の師でもあった父デイズ。口うるさくも頼もしい長兄マキシマ、そして不器用ながら誰より努力家の次兄ジューク。


 家族だけじゃない。幼馴染、隣家のおばさん、畑を手伝ってくれた従者たち――みんなの顔が次々と脳裏をよぎる。


「俺の家族が……故郷のみんなが……!」


 拳が震え、気づけば机を砕きかけるほど力がこもっていた。


 頭の中で鐘の音が鳴り響くような焦燥。いてもたってもいられない。今すぐ駆け出さなければ。


 その時、隣から冷静な声がした。


「行きましょう、フリード。あなた一人じゃ無謀すぎる」


 振り向けば、オデッセイが立っていた。


 いつものように凛とした眼差し。けれどその奥には、彼女なりの焦りも宿っているのが見て取れた。


 彼女の言葉に、ようやく理性の欠片を取り戻す。


「……ああ、頼む」


 わずかなやり取りで決まった。ふたりは荷をまとめる間も惜しんで、村へと駆けた。





 ホーネット村に辿り着くまでの道程は、永遠にも思えた。心臓は爆発しそうに打ち、頭の中では最悪の想像ばかりが渦巻いた。


 もし村が焼け落ちていたら。もし家族が……。


 そう考えるたび、胸を締めつけられるようで息が詰まった。


 けれど――村に到着した瞬間、目に飛び込んできた光景は意外なものだった。


 家々は燃えていない。人々も生きている。子供が泣き、女たちが寄り添って肩を震わせている。


 安堵と同時に、妙な違和感が胸をかすめた。


(……なぜだ。スタンピードにしては、被害が少なすぎる)


 そんな疑念を打ち消すように、駆け寄ってきた男がいた。兄の従者であり、今は執事を務めるカムリ。顔は青ざめ、声は震えていた。


「フリード様……お母様のノートオーラ様と次兄のジューク様は、スタンピードの報せを隣領へ届けようと村を出ましたが……途中で魔物に襲われ……」


 言葉は続かない。


 フリードは無意識に首を振った。信じたくない。信じてはいけない。


「そ、そんな……!」


 さらにカムリは、村の入口での戦いを語った。


「村を守ろうと前に出たのは、お父様のデイズ様と、長兄のマキシマ様、それに村の従者の精鋭五人。その中には私の父と兄もおりました……。彼らは最後まで踏みとどまり、魔物の進撃を食い止めていました。……ですが、生きて戻ったのは誰一人おりませんでした……」


 耳の奥で鈍い音が響いた。


 その瞬間、全ての力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「――ぁ、あああああああああああああっ!!!」


 地面を殴りつけた。拳が裂け、血が滲んでも痛みすら感じない。


 涙が止まらない。嗚咽が漏れ、喉が裂けるほど叫んでも足りない。


「みんな死んだ! 母上も、兄貴も、親父も! 俺は……何もできなかった!!」


 頭の中を絶望が塗り潰す。力だけを取り柄にしてきたはずの自分が、肝心な時に何もできなかった。その事実が魂を抉った。


 村人たちも目頭を押さえ、静かにふ祈るように俯いている。


 けれど、その中でただ一人。オデッセイだけが、真っ直ぐにこちらへ歩み寄ってきた。


 彼女は迷いなく俺の肩を掴み、正面から睨みつける。


「フリード。あなたの家族は村を守り抜いたのよ。立派に戦った! そして村人たちは一人として死ななかった。――それが彼らの誇りよ」


 その言葉に、心がかき乱される。誇り? 命を懸けて戦った? そんな言葉で失ったものが埋まるわけがない。


「だが、俺は……!」


「黙りなさい!」


 鋭い音が響いた。オデッセイの手が、俺の頬を叩きつけていた。


 痛みで我に返る。視界が一瞬白くなり、次いで彼女の瞳が強烈に飛び込んでくる。


「いつまでも泣き喚いて、誰が次を守るの!? 彼らは命を懸けて次に託したのよ! あなたが受け取らなきゃ、意味がないでしょう!」


 雷のような言葉だった。胸の奥を貫かれ、呼吸が乱れる。


「俺が……守る……?」


「そう。これからはあなたが村を守るのよ」


 彼女の瞳は燃えていた。まるでこの世の全てを照らす炎のように。


 その強さに心が突き動かされる。


 気づけば彼女は、震える俺の胸に拳を当てていた。


「フリード、あなたは私にとっても大切な人。だから……私が支える。あなたの全部を、私に任せて」


 それは、彼女からの逆プロポーズだった。


 耳が熱くなる。胸の奥で何かが弾ける音がした。


 学園時代の記憶がよみがえる。


 教室の隅、彼女はいつも本を読んでいた。周りに群がる生徒たちの視線など気にも留めず、ただ静かに文字を追っていた。


(かわいいなぁ。頭がいいんだなぁ。でも、俺なんかが話しかけても……相手にされないだろうな)


 そう思って、遠くから眺めることしかできなかった。


 勇気を出して言葉を交わしたのは、学園を卒業する最後の日。ほんの数語を交わしただけ。


 けれど、その瞬間のことは、今でも忘れられない。


 そんな彼女が、今。俺の胸に拳を当て、真剣な瞳で未来を託そうとしている。


 涙がまたあふれた。だが今度は絶望ではなかった。


「……本当に……俺でいいのか」


「ええ。あなたでなきゃ駄目」


 即答だった。その言葉に、心の底から熱がこみ上げてくる。


 嗚咽を飲み込み、思いきり彼女を抱きしめた。


 頬に残る痛み。胸に残る悲しみ。だがそれ以上に、温もりが確かにそこにあった。


 力が漲る。守るべきものがここにあると、心が叫んでいた。







 涙と震えで声にならない喉から、それでも絞り出すように――




「……お前……やっぱ、いつも、、かっけぇな……」


 フリードはそう呟いた。


 それは恋人に向ける甘い囁きではない。戦友を、英雄を称える敬意の言葉。


 けれど、その一言が胸の奥で確かに変わった。


 ――俺は、この人を一生守り抜く。


 そう誓わずにはいられなかった。





ー オデッセイは思う。


ー 脳筋で不器用だけれど、私や家族をいつでも真っ直ぐに思いやってくれる。


ー 大げさな言葉は要らない。


ー 背中と腕で日々の小さな危険から守り、笑顔を絶やさず、幸せを周りに分け与える。


ー 迷いや不安があっても、彼の存在があるだけで心が安らぐ。


ー どんな困難も、一緒なら乗り越えられると信じられる――そう思わせてくれる、唯一無二の人。



ー やっぱり、つくづく、思う。




ー フリードは、すごい人だ。


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