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第25話 ーーーオデッセイとフリードーーオデッセイ思いー その1

ーーーー オデッセイの人生(生まれてからフリードと出会うまで) ーーーー


皇都から南へ三日の距離、交易路が交わる領都ノア。


その城下の一角に、代々続く商家〈バネット商会〉があった。扱うのは織物、香辛料、鉱石に至るまで幅広く、店構えも大きい。行き交う旅人や職人たちにとっては頼りの商家であり、領都の有力者たちにとっても欠かせぬ取引先だった。


 その家に、ひとりの娘が生まれた。名は――オデッセイ。


 父は厳しいが情に厚い人物で、商談に臨むときは妥協を許さず、家に戻れば家族を大切に抱きしめる。母はもとより商家の娘で、柔らかい笑顔を絶やさず、商家の忙しさの中でも娘に語りかける時間を忘れない。オデッセイはそんな両親の愛を受けて、すくすくと育った。


 幼い頃から利発で、帳簿の数字や商人の駆け引きに耳を澄ませ、すぐに覚えてしまう。「お父様、この品は前より二割高いと聞きましたよ」と言えば、父は目を丸くし、「こやつ……まだ六つだぞ」と感心するほどだった。


 しかし、オデッセイの人生を大きく変えたのは――七歳の年、〈鑑定の儀〉だった。


 貴族の子は五歳で受けるのが通例だが、平民は七から十歳の間に教会で受ける。神殿の奥の白い部屋に導かれ、魔法陣に鑑定士が魔力込める。そこで神託のごとく魔法適性が判じられるのだ。


 順番を待つ人々の中で、オデッセイは胸を高鳴らせていた。父は腕を組みながら「平民に大きな期待はすまい」と言っていたが、母は「あなたはきっと特別よ」と囁いてくれた。



 やがて名前を呼ばれ、オデッセイは白い部屋に入った。神官が淡々と聖句を唱え、額に光が走る。

 ――次の瞬間、祭壇の水晶がまばゆく輝いた。


「これは……!」


 神官が目を見開く。


「錬金魔法……しかも強い適性だ。平民の身で、この力を授かるとは」


 外で待っていた両親のもとに報せが届くと、父は驚きで口をぽかんと開け、母は涙を浮かべて抱きしめてきた。

「おまえは選ばれたのだ、オデッセイ」


「きっと誰よりも広い道を歩けるわ」

 それが、彼女の新たな道の始まりだった。


 錬金魔法――物質を分解し、再構成する特異な魔法。薬草を癒しの薬へ、鉱石を合金へと変える力。平民でありながらその適性を授かる者は稀で、ましてや年端もいかぬ少女が強大な素質を見せたとあって、領都の商人たちも噂をし合った。


「バネット商会の娘が錬金の才を?」


「いやはや、これからは商売より錬金で家が栄えるのではないか」


 けれど両親は浮かれることなく、娘の意志を尊重した。


「学びたいのなら、望むだけ学べばいい」


 父はそう言い、母は「何を選んでも私たちは味方よ」と微笑んだ。


 やがて十二歳。オデッセイは平民の身でありながら、試験を受けると皇都にある〈バルカン皇都学園〉への主席入学を許された。平民から主席での入学――それは貴族社会にとっても異例であり、驚きをもって迎えられた。


 こうして、商家の娘オデッセイは、学園という新たな舞台へと歩みを進めることとなった。






皇都の中心、白壁の塔をいくつも抱える学術都市バルカン。その象徴こそ、皇国随一の教育機関――〈バルカン皇都学園〉である。貴族の子弟、騎士候補、魔導士、錬金術師。各地から選ばれた俊才たちが集まり、十六歳で卒業するのが常だった。


 その門を、ひとりの平民の少女がくぐる。まだ十二歳のオデッセイ。


入学試験の筆記で、貴族の子弟を押しのけて堂々の主席合格を果たした少女は、入学早々、注目の的となった。


「平民だと……?」


「錬金魔法の適性があるらしい」


「主席入学だと? 貴族を差し置いて?」


 貴族は幼少の頃から勉学を家庭教師に叩き込まれるのが通例だ。それにも関わらず、一介の平民の子女が主席とは。貴族社会特有の冷たい視線もあれば、純粋な驚きと興味のまなざしもあった。


けれどオデッセイは物おじしなかった。商家で培った度胸と、両親に支えられてきた自信が彼女を立たせていた。


 学園の講義は苛烈だった。属性魔法の理論、戦術学、錬金術の実習。毎日が新しい知識との戦いであり、同級生たちにとっては必死に食らいつく日々だった。


 しかしオデッセイにとっては、むしろ待ち望んでいた世界だった。


「火の属性は熱エネルギーを媒介し、物質の性質を変化させる……ならば錬金魔法との親和は?」


「鑑定魔法は教会が独占しているけれど、原理を紐解けば誰でも扱える可能性があるはず」


 授業で出された課題以上に、自分なりの探究を進めていく。質問の雨を浴びせられた教授たちが苦笑するほどだった。


 そんな中、彼女がちらりと目を留めたのが、同年齢のひとりの少年だった。


 剣術の実技の場。十数人が模擬剣を構える中で、ひときわ大きな声を張り上げ、次々と相手を打ち倒していく。


 髪を振り乱し、汗を飛ばして剣を振るう姿は、ただひたすらに力強い。


「うおおお! まだ倒れるな! もう一戦だ!」


 それが――フリードだった。


 剣を握れば目の前しか見えず、授業の理論はどこか頭から抜けている。教師に呼ばれても「えっと……今の話は、その……」と答えに窮することが多い。


 だが、ひとたび木剣を握れば、同年代の誰もかなわなかった。


 オデッセイはそんな姿を、遠巻きに眺めて思った。


(あの人……脳筋って、こういう人の事を言うのかしらね……)


 別に嫌悪でも好意でもない。ただ「力だけは抜群、頭はちょっと足りない」という印象を抱いただけだった。


 学園での日々は忙しくも充実していた。


 オデッセイはその頭脳で錬金学の最難関課題を解き、薬草の未知の効能を発見し、時には教師を唸らせた。


 図書塔にこもり、古代文献を紐解いては夜を明かすこともあった。


「まるで学園に住み着いた錬金小僧だな」


「いや、あれは小僧じゃなくて小娘だ」


 そんな冗談が囁かれるほどだったが、本人は意に介さない。


 十二歳で入学した彼女は、わずか二年で卒業試験を受ける資格を得た。


 そして十四歳――本来なら十六歳で卒業するのが普通の学園を、異例の早さで主席卒業する。




 そのときフリードも、剣術科の下位成績ながら何とか進級しており、廊下ですれ違う程度には顔を知っていた。


「へえ、もう卒業か……」


 彼がぼそりとつぶやいた声が聞こえた。


「頭のいい奴はいいな。俺は剣しか取り柄がねぇ」


 そのときオデッセイは、わずかに振り返り、微笑んだ。


「……あの、フリード君よね。剣術、すごかったわ」



 それが、二人の最初で最後の、学園時代の会話だった。



 オデッセイから見れば、恋情もなければ深い縁もない。ただ、「脳筋がいる」と軽く記憶に残しただけ。


 けれどこの出会いが、後に思わぬ形で結びつくことを、この時のオデッセイはまだ知らなかった。








バルカン皇都学園を十四歳で主席卒業しようとした時に、真っ先にオデッセイに、声をかけたのは〈錬金塔〉だった。


 正式名称――皇立魔法研究省・錬金塔。


 皇国の叡智を集める研究機関であり、魔導と錬金を司る者なら誰もが憧れる場所。


 十五歳にして入省を許されたオデッセイは、最年少で「佐官」という役職を得た。


 塔に刻まれた古代文字の門をくぐると、そこには広大な研究室、棚に積まれた薬草と鉱石、そして昼夜を問わず研究に没頭する学者たちの姿があった。


(ここが、知識の最前線……!)


 胸を高鳴らせるオデッセイを迎えたのは、壮年の主任研究官たちだった。


「若いのに飛び級で入省とはな。平民出身で錬金適性とは珍しい」


「我らの塔に新風を吹き込んでくれることを期待している」


 口ではそう言いつつも、その目には探るような光が宿っていた。


 平民の少女が、この塔の研究を担う――それは歓迎と同時に警戒の対象でもあった。


 選んだ研究テーマは二つ。


 一つは〈薬草と毒の調合〉。もう一つは〈収納魔法と鑑定の関係性〉。


 薬草の調合は、学園時代から得意分野だった。森で採取した草を乾燥させ、粉末にし、魔力を注ぎ込むことで効能を引き出す。


 その成果はすぐに現れ、既存の解熱薬の効果を二割も高める新処方を生み出した。


 だが、オデッセイの心を掴んで離さなかったのは、もう一つの研究だった。



「収納魔法は、物体を〈異界〉に転送する行為……」


「ならば発動時には、対象の大きさや形状、座標、重量、魔力を読み取る必要がある」


 夜な夜な書き残した計算式は、座標の指定に酷似していた。


 そして気づいた――収納魔法の核心は、鑑定魔法とほとんど同じ「対象を完全に把握する力」だということに。


 そして、研究を進めると、そこになぜか妖精の文字がよく出てくるようになった。


(収納は、鑑定の裏返し……! そこに妖精の関わりが?ならば、なぜ教会だけが鑑定を独占しているの?)


 その疑問を上司にぶつけたことがある。


 しかし返ってきたのは冷たい声だった。


「それ以上は口にするな。鑑定はイムザ・イマキ教会の聖典に記されし神授の秘術。我らの領分ではない」


「ですが、理論的には――」


「理論ではない、政治の問題だ」


 研究は進んでも、発表の場は閉ざされる。塔の中で、真理を追い求めれば求めるほど、教会の影が濃くなるのをオデッセイは感じていた。


 やがて、彼女の研究に眉をひそめる者が増えた。


 会議の席で囁かれる。


「平民の小娘が出過ぎた真似を」


「イムザ・イマキ教会を敵に回す気か」


「いずれ処分されかねんぞ」


 彼女が描いた報告書は何度も封印され、机の奥へ追いやられた。


(私は……真理を知りたいだけなのに)



 それでもオデッセイは手を止めなかった。


 薬草を調べ、収納魔法の構造を解析し、やがて一つの仮説にたどり着く。


「収納は単なる〈保管〉ではない。座標を介した小規模な転移……そこに妖精の……が加われば」


転移は空想上の誰もなし得ない禁忌の魔法だ。


 その言葉を日誌に記した瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 この仮説を外に漏らせば、イムザ・イマキ教会はもちろん、帝国の中枢すら敵に回すかもしれない。


 そして決定的な出来事が起こる。

 塔の同僚のひとりが彼女に耳打ちした。


「オデッセイ、お前の研究は危うい。イムザ・イマキ教の耳に入れば、ただでは済まん」


「だが真理を追い求めるのが研究者では?」


「正義や理想で食っていけると思うな。ここは帝国の塔だ。政治の道具なんだよ」


 その言葉に、オデッセイの胸の奥で何かが砕けた。


 退職を願い出たのは十八歳の春。


 上司たちは一斉に反対した。


「辞めてどうする。監視は逃れられんぞ」


「お前の頭脳は帝国の財産だ」


「若さゆえの衝動だ。考え直せ」


 だがオデッセイの決意は揺らがなかった。


「私は、知識を武器に戦いたいんじゃない。人を救うために学びたいんです」


 押し切る形で辞職を果たしたとき、彼女の肩には「退職者への監視」という重荷が課せられていた。


 塔を出て、皇都の空を見上げたオデッセイは、小さくつぶやいた。


「それでも……私は、自由に学びたい」







錬金塔を退いたオデッセイは、実家の商家へ戻った。


 子爵領都の大通りに構える店舗には、布地や香辛料、鉱石に至るまで、多種多様な品が並んでいる。


父は厳しいが誠実な商人で、母も商家出身の才女だった。幼い頃から数字と帳簿に触れて育ったオデッセイにとって、商いの空気は懐かしいものだった。


 しかし、十八歳の女性にとって、日々の商家の雑務は退屈でもあった。


 ――塔で積み上げた知識は、ただ埃をかぶるだけ。


「……このまま、帳簿を眺めるだけで一生を終えるの?」


 胸の奥に、燻るような焦燥が広がっていく。


 ある朝、オデッセイは決意した。


 薬草採取に出かけ、自分の手で素材を集め、錬金術を磨こうと。


 森の入口で風に揺れる薬草を摘み取り、乾燥させ、粉末にして調合する。


 調べれば調べるほど、塔で学んだ知識が現場に活かされていった。


 だが、それだけでは満たされない。


「もっと……もっと深い森へ行けば、上位の薬草があるはず」


 誰に言うでもなく、ひとりごちる。



 塔での研究は監視され、制約されていた。だが、今は違う。ここには彼女を縛る鎖はない。




 そして、その日。


 森の奥で、魔物と出会ってしまった。


 黒い毛皮に覆われた二足歩行の獣――オーガ。


 その巨腕がうなりを上げ、彼女に迫る。


「っ……!」


 とっさに錬金薬を投げつけた。閃光が炸裂し、目くらましとなる。


 だが、巨体は怯んだだけで、なお迫ってくる。


 その瞬間――。


「――どけぇぇッ!」


 大剣を携えた影が、彼女とオーガの間に割り込んだ。


 大地を震わせる一撃。刃が獣の首筋を裂き、鮮血が飛び散る。


 オデッセイは、目を見開いた。



「あなたは……フリード?」


 学園時代に同じ講義室で何度か見かけた顔。


 頭はからっきしだが、腕っぷしだけは強いと評判だった脳筋少年。


「お、お前……オデッセイか? なんでこんな森に」


「薬草を採りに来たの。まさか、あなたが冒険者を?」


 彼は気まずそうに頭をかいた。


「学園は……まあ、なんとか卒業したけどよ。貴族の跡取りでもないし、剣しか取り柄がない。だから冒険者になった。先輩についてきて、昨日この街に着いた」




 オデッセイは唖然としつつも、心のどこかで納得していた。


 勉学よりも剣を振るっている姿の方が、彼には似合っていたから。


 それから二人は、奇妙な協力関係を結ぶことになった。


 オデッセイは薬草を探し、調合を担当。


 フリードは魔物を討伐し、護衛役を担う。


「お前の薬、効きすぎだろ! 毒消しなんか、飲んだ瞬間に身体が軽くなる!」


「それは、調合比率を見直したのよ。塔の研究を応用してみただけ」


「やっぱりお前、すごい奴だな……。頭いい奴は違うわ」


 照れくさそうに笑う彼を見て、オデッセイは不思議な安堵を覚えた。


 錬金塔では警戒と敵意ばかりが向けられていた。


 だが、フリードはただ率直に「すごい」と言ってくれる。


 その言葉は、彼女の心を温めた。


 季節が巡るうちに、二人の名は冒険者ギルドでも知られるようになった。


 「脳筋剣士フリード」と「錬金の才媛オデッセイ」。


 凸凹な組み合わせだが、互いの欠点を補い合う稀有なパーティだった。


 ただし、恋愛の気配は皆無だった。


 フリードはしょっちゅう「俺とずっと一緒に組もう」とは言うものの、それは冒険者としての誘いであり、女性として意識している様子はない。


 オデッセイもまた、「彼は頼れるけれど、脳筋で頭は少し足りない」と割り切っていた。


 だが、それでも。


 塔を飛び出し、孤独に研究を続けるしかなかったはずの自分が、こうして共に歩む相手を得たことは――心からの救いだった。







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