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第222話 ブガッティとの面会03

ブガッティは満足そうに髭を撫でながら言った。


 「ふむ、次はぜひ妖精殿を連れてくるとよい。話してみたいものじゃ」


 だがすぐに、首を横に振る。


 「……いや、やはり儂の方から行こう。そなたらの宿に訪ねよう」


 唐突な申し出に、ヴァリーが首をかしげた。


 「どうしてです? 先生のほうがずっと偉いのに」


 老人は少しだけ顔をしかめる。


 「この魔法省はのう……昔は“政教分離”を旨としておった。だが今は違う。アトミカ教やトランザルプ教国の息が、じわじわと入りこんでおる」

 その声は低く、重く、まるで古い呪文のようだった。


 「魔法は信仰とは別物。だが、今の連中はそうは思わぬ。魔法も神の恵みだと説き、都合の良い理屈で支配を広げようとしておるのじゃ。……アヴァンタイム第二席などはその最たる例じゃろう」


 その名が出た瞬間、ヴェゼルとヴァリーは互いに顔を見合わせた。


 「アヴァンタイムさんが、魔法省に……?」とヴェゼル。


 「うむ。どうやら、第一席の座を狙っておるらしい。儂に推薦してほしいと、何度もしつこく通ってきおる。第一席の推薦は絶大じゃからな。だが、儂は断り続けておる」


 老人は、机の上の羽ペンを軽く転がしながら続けた。


 「理由は簡単じゃ。アヴァンタイムは“武”に偏りすぎておる。魔法を軍事の道具としか見ておらんのじゃ。軍部の手足となり、魔法省の名の下に兵を率いれば、帝国はまた戦の火を起こすじゃろう。魔法とは、人を滅ぼすためにあるのではない。あくまで“理を補うもの”、人の営みを少しだけ楽にするための術じゃ。――わしは、そう信じておる」


 ヴェゼルは黙って聞いていた。老人の言葉には力がありながらも、どこか哀しみが滲んでいる。


 ブガッティは長い沈黙の後、ぽつりと漏らした。


 「この国が武に傾けば、魔法省は兵の工房になる。……それだけは避けたい。ヴェゼル殿、もしもそなたがこの国の未来を思うなら、魔法を“守る側の力”として残してほしい」


 「僕なんて、そんな大層な人間じゃありません」


 ヴェゼルは微笑みながらも、どこか気まずそうに言った。


 「自分を買いかぶりすぎですよ、ブガッティさん」


 その言葉に、老人は目を細めて笑う。


 「そう言うところがのう、ヴァリーが惚れた理由じゃろうな」


 「え、えぇ!?」とヴァリーが真っ赤になる。


 ブガッティは笑いをこらえながら、杖をついて立ち上がった。


 「まぁよい。ならば最後に、ひとつ見せてくれぬか。儂に、おぬしらの魔法を」


 その言葉に、ヴァリーは目を瞬かせた。「え、ええと……今、ですか?」


 「今じゃ。儂の老いぼれた目でも見えるうちにな」


 しぶしぶながら、ヴァリーは頷く。「……わかりました。先生の頼みですから」


 「よし。では練習場へ行こう。儂以外、誰も入れぬ場所じゃ」


 廊下を抜けると、重厚な扉の先に広がっていたのは、石造りの巨大な円形の広場だった。外壁は黒鉄と魔法石で補強され、上空には淡い防御結界が張られている。炎の焦げ跡がいくつも壁面に残り、ここがただの練習場ではないことを示していた。


 ヴェゼルは思わず息を呑む。――ここで、帝国最強の魔法たちが鍛えられてきたのか。


 ヴァリーは一歩前に出て、右手をかざした。指先に小さな火の玉が灯る。その瞬間、空気がきしむ音がした。


 「先生、少しだけ、ですよ」


 「うむ。控えめに頼むぞ」


 だが次の瞬間、白い閃光が走った。音もなく、光の矢が放たれ、的の中心を貫く。


 炎は白を通り越して青に近く、的は焼け焦げる間もなく――跡形もなく消えた。


 ブガッティの目が見開かれる。「……なん、じゃと……!?」

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