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第200話 皇妃様からお茶会のお誘い01

澄みきった秋空の下、白い雲がゆるやかに流れていた。


その日、ヴェゼルとヴァリーは皇妃エプシロンからの招待を受け、帝都の離宮へ向かっていた。


ヴァリーが同伴でも構わないと執事に言われた。


ヴァリーが絶対についていく、と譲らなかったので同伴することになったのだ。


「……本当に、ただのお茶会なんでしょうか?」馬車の中、ヴァリーが小声で呟く。


「さあ? 皇妃様のお茶会に“ただ”なんて言葉があるんですかね?」


ヴェゼルが肩をすくめて笑うと、ヴァリーは少しだけ不安そうに窓の外を見た。



到着したのは、息をのむほど美しい庭園だった。


白い大理石のテラスに、噴水が静かに水をたたえ、花々が風に揺れている。


そして、挨拶を簡略に済ませる。


その中央に、優雅に座っていたのがエプシロン皇妃。


隣には、穏やかに微笑むアトラージュ夫人――ベントレー公爵の妻ということは、年齢はかなり高齢のはずだ。だがその美貌は年齢を感じさせず、まるで薔薇の香を纏ったようだった。


そして、彼女の孫であるカジャール君(通称ジャール)、皇子シェルパ君(愛称シェル)、皇女エストレヤ(愛称エスト)――三人の子供たちが揃っていた。


「ようこそ、ヴェゼル殿、ヴァリー嬢。本日は気楽に過ごしてくださいね。堅苦しい挨拶は要りませんわ」


皇妃の柔らかな声に、ヴェゼルはほっと息をつく。


「ありがとうございます、皇妃様」


子供たちの前に立つと、ジャールがにこっと笑って言った。


「ぼくたち、愛称で呼び合おうよ! ぼくはジャール! こっちはシェル、で、こっちはエスト!」


「えっと……僕はヴェゼルです」


「じゃあ、ゼルね!」とエストが勢いよく言う。


「え? えぇと……」


「決まりーっ!」


笑いながら宣言され、ヴェゼルの新しい愛称「ゼル」がその瞬間に生まれた。


庭園の一角には、子供たちが使う玩具がずらりと並んでいた。


積み木、国語セット、算数セット――それぞれ立派な木箱に収められており、少なく見ても五組はある。


「すごい……全部そろってるんですね」


「ええ。学びながら遊べるようにと、皇子と皇女のために購入させていただきましたわから」とアトラージュ夫人が答える。


最初は皆で積み木を使ってお城や家を作った。


けれど自然とそれぞれが自分の作品を作るようになってしまう。


ヴェゼルは少し考え、笑って提案した。


「しりとりゲームをしましょう。国語セットの文字を使って、上下左右につなげていくんです。最初に手持ちの木がなくなった人が勝ちというルールで」


子供たちは目を丸くした。


「そんな遊び方、考えたことなかった!」


「お勉強の道具だと思ってたのに!」


たちまち好奇心の嵐が巻き起こる。


「はい、これが十枚ずつ。順番に置いていきましょう」


「“り”の次は……“ん”? あ、“ん”で終わっちゃうのダメなんだっけ?」


「“ん”で終わったら一回休み!」


笑い声が風に混ざって響いた。


皇妃や夫人、そしてヴァリーは少し離れた席で紅茶を飲みながら、その光景を微笑ましく見つめていた。


「まあ、ヴェゼル殿は、先ほど会ったばかりなのに、もうあんなふうに自然に輪に入れるなんて、素敵ね」


「ええ……本当に」とヴァリーも頷く。その表情には、どこか誇らしげな色が浮かんでいた。


しりとりの木が尽きたころ、エストが新しい遊びを所望する。


「ねえ、他の遊びもないの?」


「じゃあ……今度は数字の木を使いましょうか」


ヴェゼルが笑って算数セットを広げる。


「数字の木を裏返して、一人ずつめくっていく。合計が21に近い人が勝ち――“21(ブラックジャック)”っていう遊びですよ」


「にじゅういち? へんな名前ー!」


「勝ったら……おやつのクッキーを一枚ずつもらえるというのはどうでしょう?」


その言葉に、子供たちの目が一斉に輝いた。


「やる!」「ぼくも!」「ぜったい勝つ!」


笑い声と歓声が響く中、テーブルの上には木片の数字が並び、まるで小さな賭場のよう。


ヴェゼルはディーラー役となり、ルールを丁寧に教えながら進めた。


ジャールが「これで21!」と得意げに叫んだかと思えば、エストが「それ22だよー!」と突っ込みを入れ、シェルが冷静に計算して訂正する。


結果は――皇女エストの勝利。


「やったー! クッキーもらっったわ!」



両手を挙げて喜ぶエストに、ヴェゼルが笑ってクッキーを差し出した。あとでおやつの時間に食べる事にする。


ヴェゼルの隣には、自然とヴァリーが腰を下ろす。


子供たちの笑い声、そして優しい大人たちの会話――すべてが、穏やかな午後の風に溶けていった。


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