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第194話 いよいよ皇妃との拝謁03

皇妃の前に着席したヴェゼルとルークス。皇妃はふっと微笑み、静かに口を開いた。


「今日はまた、バネット商会――いえ、ビック領からの献上品があるとか?」


 その言葉に、ヴェゼルは少し身を乗り出し、落ち着いた声で答える。


「まずは、ご覧いただきましょう」


 言葉と同時に、ルークスが白い箱を慎重に取り上げ、そっと執事に差し出した。


「割れ物ですので、お気をつけください」


 ルークスの声には緊張はない。しかし手元の丁寧さからは、細心の注意を払っていることがよくわかる。


執事は軽く頭を下げ、慎重に箱を受け取り、蓋を開いた。


中を覗き込むと、普段は沈着冷静な執事が思わず声を上げる。


「こ、これは!」


 ヴェゼルは静かに頷き、執事が中身と箱を確認した後、蓋を閉め、皇妃の前にそっと置いた。


白い蓋を開けると、中から姿を現したのは、透き通るような薄いガラスでできた、十センチほどのコップが四客並ぶ光景である。


光を受けて淡く虹色に輝き、その精巧さは一目で凡百の作品とは異なることを示していた。


 「まぁ……!」


 思わず声を上げた皇妃の瞳が輝く。ヴェゼルは一歩下がり、深く頭を下げたまま答えた。


「わが領にて生産いたしましたガラス製のコップでございます」


 その言葉に、部屋の空気が一瞬張り詰める。普段は冷静な執事だけでなく、侍女や控えていた兵士たちも、思わず目を見開き、感嘆の表情を浮かべた。


 皇妃はコップを手に取り、ひとつひとつを丁寧に観察する。


「今までは、ビート・ドワーフ王国でしか作れなかったと聞いていますが……」


 ヴェゼルは言葉を選び、静かに応える。


「この度、こちらにおりますルークス、並びに陶器職人と共に、幾度も試作を重ね、ようやく生産に漕ぎ着けました。皇妃様に献上できるよう、細心の注意を払って製作いたしました」


 皇妃はしばしコップを手に持ち、目を細めて見入る。その瞳には、単なる好奇心以上の興味と評価の光が宿っていた。


「透明度、薄さ、素晴らしい出来だわ……ビート・ドワーフ王国のものと遜色ないほど」


 その賞賛の声に、ヴェゼルは控えめに頭を下げる。皇妃はさらに質問を重ねた。


「これは……どのようにして作られたの?」


 ヴェゼルは答える。


「これは、私が発案し、母であるオデッセイの監修の下、ルークスと陶器職人が研究開発を重ねたものです」


 皇妃は軽く頷き、「やはり」と短く呟く。その言葉から、皇妃はこのガラス製品の開発者がヴェゼルであることを、ほぼ察していたことがうかがえる。


 さらに皇妃は視線を上げ、冷静に問う。


「年間、どのくらいの生産が可能なのかしら?」


 ヴェゼルは少し考え、正確に答えた。


「現状の人員では、年間三百客が精一杯でございます。技術の習得には時間がかかりますし、秘密保持の関係から、安易に人員を増やすこともできません」


 皇妃は静かにその言葉を聞き、目を細めてうなずいた。


「なるほど……。では、今後、この製品はどうするのかしら?」


 ヴェゼルは迷わず答えた。


「はい、品質を保つためにも、数はあえて限定したいと思っています。今回は皇妃様に一セット、他に二セットを献上いたします」


 少し間を置き、皇妃の反応を見てヴェゼルは再度答えた。


「今後、優先的に納品するのは、皇室と、ベントレー公爵様。そして今後の販売は、開発に携わったバネット商会のみと考えております」


 皇妃が静かに頷く。


「こうすることで、自然と希少価値が出ると思いますので……もしよろしければ、皇族の方やベントレー公爵家の方々のお立場にも、ささやかにお役立ていただけるかと存じます」


 皇妃はその言葉に満足そうに頷き、次の質問を投げかける。


「それでは、ここまでの献上に対して、何か褒美として望むものはあるのかしら?」


 ヴェゼルは一瞬だけ考えを巡らせ、落ち着いた声で答えた。


「母が望んだことと、ベントレー公爵様との契約を遵守するのであれば、私から特別な望みはございません」


 その言葉に、皇妃は静かにため息をつく。


「そう……でもね、帝国の秩序を守る立場として、何かしらの褒美を授けねばならないのよ」


 ヴェゼルは表情を崩さず、熟練の商人のような穏やかな微笑を浮かべ、静かに切り返した。


「では、皇妃様に“ひとつ貸し”として扱っていただくのはいかがでしょうか」


 その瞬間、皇妃の背筋にぞくりと冷たいものが走った。七歳の子が考えつくような発想ではない。


前もって誰かに言われたことでもないのだろう――後々、役に立つかもしれない“貸し”を、皇妃に作ってしまったのだと瞬時に理解したのだ。


 部屋には一瞬の静寂が訪れ、控えていた執事や侍女、兵士たちも息を呑む。


 ヴェゼルは顔色ひとつ変えず、穏やかな微笑を浮かべ、頭を下げたまま皇妃の判断を待つ。


皇妃は目を細め、唇を引き結ぶ。その奥に、若き天才の策略に対する驚きと警戒、そして少しの感嘆が交錯していた。


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