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第188話 帝都でデート

昨日の夜、ヴァリーとヴェゼルは同じ布団で寝た。


特別なことはなく、野営の時からずっと一緒に寝ていたため、生活のリズムを今更変えたくなかったからだ。


ただ、寝室は整っており、布団や室内の匂いも野営の時より心地よかった。


特にヴァリーの匂いも心地よくヴェゼルはぐっすり眠れた。野営の時から続く、起きたときの軽いキスも日課になっている。


「おはよう、ヴァリーさん」


今朝も二人は目を覚ますと自然に唇を重ねた。


その瞬間、枕の脇の小さな布団で寝ているサクラの気配に気づく。


ヴェゼルが目を開けると、サクラも既に起きており、嬉しそうにヴェゼルに軽くキスをしてきた。


続けて、サクラはヴァリーにも「ついで」と言わんばかりにキスをした。


ヴァリーは頬を赤く染め、慌てて手で顔を覆ったが、すぐに笑顔を見せる。




着替えを済ませて朝食の席に向かう。ベンティガが食卓で問いかけた。


「さて、今日は何をするのですかな?」


ヴェゼルは答える。「皇妃様からの連絡を待とうと思います」


ベンティガは首をかしげて言った。


「ふむ、皇妃様の御沙汰は、来てもすぐにとは限らぬ。ならば、帝都の観光でもしてくるとよいのでは?」


その言葉にヴァリーが微笑む。


「それなら、帝都の街を散策しましょうか!」


自然な流れで、ヴェゼルとヴァリーの二人だけで街に出ることになった。ルークスが念のため尋ねる。


「護衛は大丈夫か?」ヴァリーは胸を張って答えた。


「命に変えてもヴェゼル様を守りますから、大丈夫です」


ルークスは小さく頷き、安心した様子で言った。


「元魔法省第五席の腕前なら心配いらないな」


こうして、実質二人だけのデートが始まった。もちろん、サクラは胸ポケットでひそかに同行しているが、それもまた日常の一部である。


街中では、ヴァリーが財布を握り、二人の散策に必要な費用を管理していた。


前世の知識で、女性にお金を持たせるのは少し気恥ずかしいと思いつつ。


オデッセイがヴェゼルが財布を持つと、他者から狙われやるくなるから、ヴァリーさんが持っていて、という教えに従い納得していた。


こうして二人は手を繋ぎ、名所や公園をゆっくりと散策する。鐘楼の大きな鐘の音に耳を澄まし、広場の噴水で水の反射を眺める。


昼になると、屋台に立ち寄り、それぞれ好きなものを選んで半分こして食べる。ヴァリーは笑顔で差し出し、ヴェゼルは感謝の言葉を返す。小さなやり取りも、二人の距離を自然に縮めていった。


散策の途中、本屋に立ち寄ることになった。


魔法書の棚を見つけ、ヴェゼルは興味深そうに覗き込む。しかし、そこに並ぶ書物は見るだけでも高額な料金が必要だと店員が説明する。


「私が出しますよ」


ヴァリーが即座に財布を出し、支払いを済ませてくれた。ヴェゼルは恐縮しつつも、感謝の気持ちを伝える。


本を手に取り、ヴェゼルは目を通す。


内容は初代教皇が定義した定型魔法の書であり、魔法陣や詠唱、基礎理論が丁寧にまとめられている。


現代知識や前世の独自魔法に由来する行使方法は一切書かれていない。


これを見て、ヴェゼルは改めて、自身の知識と魔法の断の理解が異端で特殊なものであると再認識した。


外に出ると、日差しは柔らかく、街の人々の喧騒も心地よい。


ヴェゼルはふと、前世での知識を思い出す。街を歩く子供たちの様子や屋台の構造、路地の奥にある工房の位置など、細かい観察が自然と頭に浮かぶ。


ヴァリーはそんなヴェゼルを微笑ましげに見つめ、時折手を握り返す。


二人の距離はゆっくりと縮まり、自然な会話が続く。


時折、ヴァリーが冗談を言えば、ヴェゼルは思わず吹き出し、周囲の人々から微笑ましい視線を受ける。


ヴェゼルもまた、ヴァリーの仕草や笑顔に、安心感と幸福を感じていた。


「こうして目的もなく、ゆっくり街を歩くのも悪くないですね」


ヴェゼルはふと呟く。


「はい、帝都にはまだまだ見どころがたくさんありますから、明日もまた散策できますよ」


ヴァリーが笑みを浮かべて答える。


二人の間に、穏やかで特別な時間が流れた。街の喧騒、屋台の香り、鐘の音、そして手を繋ぐ感覚――全てが、ヴェゼルとヴァリーにとって、この帝都での新たな一日を彩る思い出となった。



歩いていると、ふと見覚えのある人物が視界に入った。


少し背の高い壮年の男性で、整った髪型と厳格そうな顔立ち。ヴァリーが一瞬立ち止まり、驚いた表情を見せる。


「あ、あの人……ガヤルド?」


ヴェゼルがヴァリーの視線の先を見ると、確かにかつて魔法省で勤務していた第四席のガヤルドだった。


ガヤルドは、ヴァリーを認めるや否や、目を丸くして一瞬硬直した後、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて近づいてくる。


「……ヴァリー嬢。魔法省をお辞めになったあなたが、帝都におられるとは……帝都が恋しくなりましたかな?」


その声には、どこか慇懃無礼な響きがあった。さらに、ガヤルドは蔑むような目つきでヴェゼルを見下ろす。


「おや? そちらの子供は……」


ヴァリーは頬を赤く染め、少し緊張した声で答える。


「私の婚約者のヴェゼル様です。」


ガヤルドは一瞬眉を上げ、嫌な笑みを浮かべて応じる。


「ほう……この子供が噂の……ふふふ」


ヴェゼルはその笑いに嫌な茎 → 気? を感じたが、きっぱりと答える。


「ビック領フリード・フォン・ビック騎士爵の嫡男、ヴェゼル・パロ・ビックです。」


ガヤルドはその言葉に少し目を見開き、さらに嫌な笑みを浮かべた。


「ほう、やはり……件の……」


その嫌味のこもった言い方に、ヴァリーは思わず眉をひそめた。怒りを抑えきれず、少し声を張って問い返す。


「何か?」


ガヤルドは驚いたように両手を大きく広げ、大げさに声を上げる。


「おお、怖い……い、いえ、何もありませんよ。」


その言葉の裏にある、まったく心のない媚びた表情がヴァリーには手に取るようにわかった。


ガヤルドは短く会釈すると、にやりと笑いながらその場を去ろうとした。


別れ際、ヴェゼルはガヤルドを睨みつけ、低く呟く。


「…………」


ヴェゼルの声は静かだったが、鋭い響きを含んでいた。


ヴァリーはヴェゼルが何かしたのを気づいたがそのまま佇んだ。


ガヤルドは振り返ることなく、笑いながら歩き去っていった。


ヴァリーはヴェゼルの肩にそっと手を置く。


「……ごめんなさい。嫌な思いをしましたか?」


「…ううん……別になんとも思わないですよ」


二人は再び手を握り直し、帝都の街を歩き続けた。


屋台の香りが漂い、人々の笑い声が聞こえる中、二人の間にはさっきの緊張を和らげる穏やかな空気が戻った。


「さて……どこに行こうかな?」


ヴァリーが笑顔で問いかける。


「次は雑貨屋にいきませんか? そこなら、面白い小物がありますよ」


二人は歩調を合わせながら街角を曲がり、色とりどりの看板や店先を眺めつつ進む。ヴァリーの手はしっかりとヴェゼルの手を握り、二人の間にはまるで時間が止まったかのような、静かで落ち着いた幸福感が流れていた。


「今日は、こうして歩くだけでも楽しいですね」


ヴァリーが小さく微笑む。


「そうですね……こうしてヴァリーさんと歩いていると、何もかも忘れられる気がします」


ヴェゼルも応じる。手のひらの温もりが互いに伝わり、二人は微笑み合った。




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