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第186話 バネット商会03

応接室。ルークスが勢いよく前に出る。


「でだ、オヤジ!急ぎでまた、皇妃様に献上と拝謁したいんだが、お願いできないか? 今回は俺とヴェゼル、二人での面会だ!」


場に唐突に響いたルークスの声に、ベンティガは片眉を上げて腕を組む。


一瞬考え込み、顎を撫でる仕草のあと、豪快に頷いた。


「……よし、わしに任せろ!」


その言葉と同時に執事を呼びつける。


「委細わかったな? すぐに皇妃様に拝謁の御沙汰を仰ぐのだ!」


「はっ、かしこまりました!」


執事は背筋を伸ばし、足音も高らかに退室していく。


その背を見送ったベンティガは、机の上に置いていたガラスのコップを再び手に取り、しげしげと眺めた。


透き通るような薄さに光が差し込み、煌めく反射が部屋に広がる。


そして、真剣な視線をルークスに向ける。


「ルークス……これはすさまじい品だ。だが、正直に答えよ。年間でどのくらい生産できるのだ?」


ルークスは腕を組み、少しばかり大げさに唸る。


「うーん……現状じゃあな、原料の入手方法が特殊なのと、信頼できるのは俺と一緒に研究していたクラフトって若い職人が一人だけなんだ。このコップだったら、せいぜい年間三百くらいだろうな。でもそうすると、新商品の研究が止まっちまうんだよ。アイデアはまだまだあるってのにな……」


思わず机に突っ伏して嘆くルークスに、ベンティガは「ふむ……」と深く考え込む。


顎をさすり、しばし沈黙したのちに口を開いた。


「ノアの領都にある陶器工房に、親方と折り合いが悪くて腕を持て余している職人がおる。無口で無骨、人付き合いも苦手だが……先日、よく喋る明るい女性と結婚しての、今は所帯持ちだ。その人物の人柄が良ければ、雇ってみるか?」


ヴェゼルは少し考えたあと、静かに答えた。


「信用できる方なら、ぜひお願いしたいです」


「うむ。ではわしが口を利いてみよう。お前たちの眼で判断すればよい」


豪快に頷くベンティガ。その頼もしさに、ヴェゼルも自然と深く頭を下げる。


そこへベンティガが視線を上げ、問いかける。


「ところで……帝都で泊まる場所は決めておるのか?」


「いや、まだ決めてないんだ。ここまで馬を飛ばしてきたから、まともに寝てもいないし、風呂にも入ってない」


苦笑い混じりに肩をすくめるルークスに、ベンティガはふと目を細める。


そしてヴェゼルたちの全身をじっと観察し、爆笑した。


「はっはっは! 確かにそうじゃな。ルークスがいなかったら、うちの店員どもに浮浪者と間違われて叩き出されていたかもしれんぞ!」


「ちょ、オヤジ! 俺たちそこまでボロくないだろ!」


「いやいや、ルークス。鼻が麻痺しておるだけじゃ。実際はなかなかの悪臭じゃぞ。わっはっは!」


からからと笑い飛ばすベンティガ。


その横で、ヴァリーは羞恥に耐えきれず顔を真っ赤に染め、こっそりと自分の体をくんくんと嗅いでいた。


「うぅ……やっぱり……臭うのかな……」と小声で呟き、ますます縮こまる。


ベンティガはそんな様子も豪快に笑い飛ばし、手を叩いた。


「客室が空いとる。今日は、ではなく、帝都に滞在中はずっとここに泊まるがよい! 遠慮は無用じゃ」


「え、いいんですか!? 本当に助かります!」


「もちろんだとも! すぐに風呂を沸かさせる。風呂に入って着替え、それから食事じゃ!」


豪快な采配に一同は胸を撫で下ろす。


――その時。


ヴァリーがそっとヴェゼルの耳元に顔を寄せ、蠱惑的に囁いた。


「……あの、私と一緒にお風呂に入ります?」


ヴェゼルは顔を真っ赤にして、ブンブンと首を横に振った。


そのやりとりをしっかり聞きつけていたルークスは、にやりと口の端を上げる。


「おいおい、甥っ子よ。やるじゃねぇか!」


「な、なにがですか!?」


慌てふためくヴェゼルに、ベンティガが大笑い。


「わっはっはっは! わしの婿殿は噂通りの“スケコマシ”なのかのう!」


その場は爆笑の渦に包まれた。


サクラは呆れ顔でため息をつきながらも口元はにやけ、ヴァリーは両手で顔を覆って縮こまり、ヴェゼルは「違う! 違うんです!」と必死に否定するばかり。


ルークスはといえば、そんな騒ぎを嬉しそうに眺めて肩を震わせていた。


――帝都での新たな日々は、どうやら賑やかに幕を開けることになりそうだった。

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