第02話 そして、真っ白?
目を開けると――真っ白な世界。
いや、白すぎて目が痛い。
痛いっていうか、逆に色がなさすぎて目が休まってる気もする。まぶしいとかじゃなく、何かよくわからない感覚。
水平線も地平線もない。
床も天井もない。
ただ、無限に広がる“余白”。
まるで俺が学生時代、教科書の余白に落書きしてたとき、その真ん中にポツンと立たされているみたいな感覚だ。
「……ここ、どこ?」
声を出してみる。
反響もない。吸い込まれる音もない。
言葉が虚空に溶けていくだけで、なんだか自分の存在すらちょっと恥ずかしい。
足元を見ると、ちゃんと立っている……ような気がする。
でも床はない。
いや、あるような気もするし、ないような気もする。
立ってるのか立ってないのか、もう哲学の世界に片足突っ込んだ気分だ。
そして――目の前に「それ」がいた。
白い。
いや、白いというか“透明に近い白”。
人型をしているが、顔のパーツは皆無。
ただ、手にはりんごくらいの大きさの白い玉。
ツルリとしたマネキンみたいで、何もない内側がチラリと見える。
輪郭だけが人間らしいけど、内側は空洞。
あ、これ……あれに似てる。
某国のアカデミー賞のブロンズ像。
でも顔を全部削ぎ落として、やたら堂々と立ってるバージョン。
無駄に威圧感があるのがまたムカつく。
「……あの、どちら様?」
恐る恐る聞くと、口は動かないのに、声が直接、脳に響く。
しかも低く、神々しい――というか脳内スピーカー全開で。
『汝――無難にして凡庸なる一生を終えた者よ。選べ。無へ還るか、新たな生を得るか』
「え、えぇぇぇ!? ちょ、ちょっと待って!?
何そのいきなり二択!? 説明不足すぎません!?
しかも“凡庸”って! サラッと失礼すぎるでしょ、俺の人生!
おい、聞いてくれ、俺だって頑張って広告バナー作ったんだぞ! 広告バナー界の雄だぞ俺は!」
必死に弁明するが、相手は顔も口も動かないので、どうやらリアクションは無意味らしい。
しかし声は頭の中に直接響くので、ツッコミもツッコミ返される感じで妙にシュール。
「ちょっと待って、無へ還るとかマジで勘弁……いや、でも新たな生って!?
俺、新たな人生やり直すの!? いやいやいや、もう腰も痛いし、膝もガタガタだし、人生やり直すって言っても体力的にムリっすよ!?」
白い存在は微動だにせず、ただ
静かに俺を見下ろす――いや、見下ろすもクソも顔ないけど。
その威圧感だけは確かに存在する。
俺はそこで悟った。
「なるほど、俺の人生、ここから本格的にコメディになるな……」
そして、白い存在の無機質な圧に押されながらも、俺は決意する。
「……わかった。転生する……けど条件つきだ! まず家族に会わせろ! あとロトくじはどうなるんだ!?」
だが、答えはない。
ただ、白い世界の中で、俺の声だけが空虚に踊る。
「娘三人育てたんですよ!? 働き詰めで家族養ったんですよ!? 凡庸っていうか、むしろ頑張ったほうじゃないですかね!?」
必死に抗議する俺。
しかし、白い人型は無言。
まるで俺の必死の抗議を“既読スルー”しているような冷たさだ。
俺は再度言う。
「あの、聞いてます!? 人生頑張った側ですよ! 広告バナー界のヒーローですよ俺!」
だが、返事はない。
沈黙の中、淡々と声だけが響いた。
『その生もまた良し。しかし――次もまた、無難で良いのか?』
ぐっ……刺さる。
胸にグサッと来た(いや、心臓は止まってるんだけど)。
確かに……確かにそうだ。
俺の人生は、家族のためという言い訳で、夢や欲望を後回しにしてきた。
「もっと挑戦したかった……」
「あの時あの道を選んでいたら……」
そんな後悔が、胸の奥にずっと燻っていたのだ。
「……じゃあ、その。やり直せるなら、次はちょっとくらい波乱があっても……あ、でも、楽しい人生を送りたいです!」
思わず口走った瞬間、白い人型が右手を掲げた。
……いや、絶対わざと神様っぽいポーズをしてる。なんというか、腹立つくらい堂々としてる。
『ならば授けよう。汝に、波乱と笑いに満ちた特典を――』
「え、波乱と笑い!? いや笑いって何!? まさか俺、ギャグ要員にされるの!? いや、俺もう五十五歳だぞ! 体力的にギャグ無理だから! シュール系ギャグでお願いします!」
突っ込む間もなく、世界が光に包まれた。
全てが、目に入るもの全てが光。
脳が光に溶けていく感覚――例えるなら、パソコンが突然アップデート祭りで固まったような状態。
――そして、目を開けると。
青空。
本当に絵の具で塗ったみたいに鮮やか。
雲ひとつなく、太陽が気持ち良すぎて逆に眩しい。
耳に入るのは小鳥のさえずり、鼻先をくすぐるのは草の匂い。
俺は野原に寝転がっていた。
体の感覚がある。心臓もちゃんと動いている。息もできる。
「……生きてる?」
思わず呟いた瞬間、頭の上に影が落ちた。
顔を覗き込むのは、一人の若くて綺麗な女性。
栗色の髪を後ろでまとめ、素朴で凛とした雰囲気――いや、もう、完璧にヒロイン。
「ヴェゼル! しっかりして!」
え? ヴェゼル?
俺、和田好希なんですけど!?
「……え? 誰? いや、俺?」
頭を押さえた瞬間、脳内に大量の情報がドバドバ流れ込む。
「え、俺の名前がヴェゼル!? 五歳!? なんで五歳!? 心臓止まってたハズじゃ……」
脳内ツッコミの嵐に混乱しながらも、情報が整理される。
俺は――辺境の騎士爵家の長男、ヴェゼル・パロ・ビック。
五歳。剣の稽古の最中にぶっ倒れたところを、母親に介抱されている――らしい。
「……マジか。これが俺の“第二ラウンド”? 人生リセットボタン押したらこんなことになるの!? ていうか、剣の稽古とかもう体力的に無理っすよ!」
野原の青空を見上げながら、俺は悟った。
「……なるほど。異世界人生、波乱と笑い満載ってこういうことか。完全にコメディ路線じゃねぇか!」
こうして、五十五歳のオッサンが五歳児として異世界に転生――
その、予測不能でシュールすぎる人生の幕が、静かに、でも確実に開いたのだった。




