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第179話 出発準備

ルークスとクラフトの歓喜の報告から数日後、ヴェゼルがルークスと共に帝都へ向かうと決まったのである。


「俺が護衛兼、宣伝担当だな!」と胸を張るルークスに、ヴァリーが眉をひそめて割り込んだ。


「護衛はわたしの役目です。ヴェゼル様を帝都までお連れするのに、私が行かない理由などありません」


その声音には一分の隙もない。もともとヴァリーはヴェゼルの婚約者として護衛のような感じで、常に行動を共にしていたし、彼女の母性本能がヴェゼルと離れたくないと思っていた。そのため、彼女が同行するのはむしろ当然の流れだった。


さらにサクラが、当然の様に胸ポケットの中から顔を出した。


「もちろん私も行くわ。ヴェゼルを置いて行くなんて、妖精第一夫人としては、ありえないもの」


半ば当然のように告げられて、ヴェゼルは苦笑するしかなかった。もっとも、人前では決して姿を見せないことを約束させる必要があった。サクラもそれを理解して、軽く肩をすくめた。


「分かってるわよ。ちゃんと人前では隠れているから安心しなさい!」


しかし一番厄介だったのはアクティだった。話を耳にすると、頬をふくらませて詰め寄ってきた。


「どうしてわたしはつれていってくれないの!いちどはていとをみてみたいのに!」


ヴェゼルがなだめても、ルークスが冗談を言っても、アクティは首を振って駄々をこねる。


結局、オデッセイが「帝都からたっぷりお土産を買ってきてもらうんですよ」と甘い言葉を投げかけ、ようやく渋々ながら納得させることができた。


こうして最終的に、ヴェゼル、ルークス、ヴァリー、そしてサクラという最小限の人数で帝都行きが決定した。

出発方法についてはすぐに話し合いが行われた。


「本来なら馬車で行くのが一番だが、それだと一ヶ月はかかる。急ぎなら、三頭の馬で走りながら野宿をすれば二十日程度で到着できるはずだ。ガラス製品は俺が背負っていくさ!」とルークスは提案する。


幸い季節はまだ寒さが厳しい時期ではない。野営の負担も耐えられる範囲だ。


ところがその場にいたサクラが、呆れ顔で口を挟む。


「ちょっと待って。ガラス製品をルークスが背中に括りつける? 割れたらどうするのよ。ヴェゼルの収納箱があるでしょうに!」


「……あ」


その一言でヴェゼルとルークスは同時に固まり、そして互いに顔を見合わせて乾いた笑いをこぼした。自分たちの計画に大穴が空いていたことを忘れていたのだ。


「まったく……」とオデッセイが額を押さえながらため息をつき、周囲からも笑い声が上がった。


結局、完成したガラス製品はすべてヴェゼルの収納に収められることになり、野営の時の食糧もそこに詰め込むことにした。運搬の不安は一瞬で解決した。


準備期間は一週間。ヴェゼルが抱える最大の課題は乗馬だった。


これまで一人で馬を操った経験がほとんどなかったからである。ヴァリーはすぐに練習を提案し、厳しい指導を始めた。


「手綱をもっとしっかり! 足で挟んで、馬の動きに合わせるのです!」


普段は柔らかい物腰のヴァリーが、乗馬の稽古では別人のように厳格だった。


ヴェゼルは最初こそ馬に怯えたり、手綱を引きすぎて馬に嫌がられたりしたが、彼女の容赦ない指導の下で少しずつ感覚を掴んでいった。


「はぁ……はぁ……もう、お尻が痛い」


「泣き言を言ってはいけません。馬に乗れるかどうかで生死が分かれるのです」


ヴァリーの言葉には冷たさと同時に強い想いが込められていた。ヴェゼルは息を整えながらも、その真剣な眼差しに頷いた。


夜になると、二人は同じ布団に身を寄せ合った。例のクルセイダー襲撃以来、ヴァリーはヴェゼルを守るため常に傍で眠っている。


その夜も、稽古で疲れ果てたヴェゼルを抱きしめながら、彼女は低く囁いた。


「私が厳しく教えるのは、ただの気まぐれではありません。あなたが生き延びるためです。馬を乗りこなせれば、それだけで命の危険を避けられる可能性が上がるのです。だから……必ず、身につけてください」


その声はいつもの甘やかな調子ではなく、どこか切実だった。ヴェゼルは胸の奥が温かくなるのを感じ、目を閉じた。


「ありがとう、ヴァリーさん……」


そう呟くと、彼女の腕に包まれながら深い眠りへと落ちていった。


出発までの一週間、ヴェゼルの生活は乗馬訓練と旅の準備で慌ただしく過ぎていった。しかしその中で、家族の温かい支えを確かに感じ取っていた。


やがて出発の日は近づいていた。帝都への旅立ちが、彼らにどのような未来をもたらすのか――まだ誰も知る由もなかった。



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