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第174話 宗教 問題

街道を行き交う人々の数が日に日に増え、往来は騒がしくなり始めていた。


市場も盛況で、道端には屋台が立ち並び、香辛料の香りや焼き立てパンの匂いが混ざり合う。


その光景を眺めながら、ヴェゼルはようやく心の中の「新しい新商品や食べ物を作りたい欲」が、少し落ち着きを取り戻したことに気づいた。


納豆の一件からもう数日経っている。頭の中での発酵食品計画もひとまず休止となったのだ。


その日、フリード、オデッセイ、ヴェゼルのもとに、グロムとコンテッサが連れ立って訪れた。


二人はこの頃、領内をくまなく巡り、村々や街の様子を調べ、領主であるフリードやオデッセイに報告する重要な役目を担っていた。彼らの情報は、領政を進めるうえで欠かせないものとなっているのだ。


「フリード様、今日は少し厄介なお話があります」


コンテッサは眉を寄せ、慎重な口調で切り出した。


「この頃、トランザルプ神聖教国とアトミカ教の巡礼者とは言っても、どうやら密偵も兼ねているのでしょうが、この領を探る者がかなり増えております。昨日も市中で両者が口論になったそうで……互いに相手の存在を快く思っていないようです」


ヴェゼルはため息をつく。


「宗派争いか……」


彼の脳裏には、現世で目にした宗教的対立の影がちらついた。元は同じ教義を持っていたはずの派閥が、ささいな違いから血を流す争いに発展することもある。


だからこそ、ヴェゼルは宗教絡みの揉め事には極力関わりたくないと心に決めていた。


「両方とも、見た目で一目瞭然だ」グロムが説明を補った。


「アトミカ教は白いスータン、トランザルプ神聖教国は青いマントを羽織っている。巡礼と称しているが、実際は領内の情報を探っている様子だ。特に精霊や妖精の噂、シロップ、酒、白磁、それにヴェゼルの動向を重視しているようだ」


妖精――つまりサクラの存在だ。ヴェゼルは内心で舌打ちした。どうやら、サクラの噂はすでに広まってしまったらしい。


オデッセイも顔をしかめる。


「巡礼は口実でしょうね。アトミカ教は物流に強い組織です。この領の発展を見て、教会を建て、物流拠点を作ろうとしているのでしょう。元々彼らは特に妖精や精霊の情報を集めているらしいですから」


確かに、教会が拠点を持てば人や物の流れは活発になり、経済的には飛躍の一歩となる。しかし一方で、外部権力が領内に介入することで、これまで自由に動けた自治が損なわれる可能性もある。


フリードは腕を組み、静かに言った。


「だが、よほどの犯罪でも起こさない限りは、即排除というわけにもいかんな。よそ者を理由もなく追い払えば外交問題になりかねん。相手は世界規模の教会や独立した国。ならば、腹を探る前に、直接話す方が筋が通る」


ヴェゼルは少し驚きながらも頷く。確かに正面から話す方が道理にかなっている。こちらに隠すことはほとんどないし、妖精の存在さえ上手く誤魔化せれば、敵視される理由はないはずだ。


オデッセイが二人に告げる。


「……では、グロムさんとコンテッサさん、あなたたちが接触してみてくだし。向こうの巡礼者に会い、何を探っているのか確かめてきてほしいんです」


「承知しました」二人は深く頭を下げた。


数日後、コンテッサとグロムは街の広場で、青いマントの一団を見つけた。


彼らはトランザルプ神聖教国から来た巡礼者らしい。後ろには屈強なクルセイダー騎士団が三人構えている。


持ち物は質素だが、その目つきは鋭く、通行人の会話にさりげなく耳を傾けているようだった。


コンテッサが声をかけると、年配の男が前に出た。


「我らは聖なる国より来た者。神の道を歩み、この地を巡礼している者です」


言葉は穏やかだが、視線には試すような光が宿る。グロムは微笑みを崩さず応じる。


「我が領は旅人に開かれています。ですが、少々気になる噂を耳にしました。あなた方が情報を探していると……」


男の表情が一瞬、鋭くなる。


「……なるほど。耳が早いですね。確かに我らはいろいろと情報を精査しています。この領の発展を学ぶため、市井で様々な情報を収集しているのです。ここだけの話ですが、我らはかつて“スクーピー精霊王国”と深い友好を結んでいました。しかし二百年前、精霊王国は忽然と歴史から消えた。我らはこの領でその痕跡を求めて旅をしているのです」


その口ぶりは真剣そのものだった。グロムが低い声で尋ねる。


「妖精がこの地にいると、なぜ思うのですか?」


「噂です。旅人が語った言葉に過ぎません。しかし妖精は神の使い。我らにとって、彼らを見出すことは大いなる務めなのです」



一方、白いスータンを纏ったアトミカ教巡礼者たちは、もっと世俗的だった。コンテッサが接触すると、彼らはにこやかに答えるが、後ろには屈強そうなテンプルナイツの騎士団が二人控えている。


「我らは交易と共に神を広める使命を帯びています。この地は栄え、街道も整備されている。ここに教会を建てれば、人と物の流れがさらに盛んになるでしょう」


彼らの目的は明確だった。新製品や妖精の噂も調べているが、それは人々の関心を集めるための話題にすぎない。本命は物流拠点の確立と布教拡大である。


後日、コンテッサとグロムが戻り報告を行った。


「トランザルプ神聖教国の巡礼者は、精霊や妖精の痕跡を探しているようです。彼らにとっては信仰そのもののようですので」


「アトミカ教は、この地に拠点を築くことが目的のようでした。教義より商いを優先しているようです」


報告を聞いたフリードとオデッセイ、ヴェゼルは深く椅子に腰を下ろし、頭を抱えた。


宗教は単なる信仰にとどまらず、政治や経済を巻き込んで動く。妖精を求める勢力と、拠点を築こうとする勢力。その間に、ビック領は立たされていた。


「……面倒なことになりそうだな」とフリード。


オデッセイは肩をすくめた。


「避けて通れる道ではなさそうです。領が発展する以上、宗教勢力は必ず食い込んできます。問題は、どこまで受け入れるか、ですね」


ヴェゼルは長く息を吐き、窓の外の木々を見やる。穏やかな風景の向こうで、見えないうねりが確かに押し寄せているのを感じた。


「……直接話すしかないかな……こちらの立場をはっきり示せば…敵対するつもりはない。でも、好き勝手にされても困ると…」


その言葉に、皆が頷いた。ビック領は、経済と宗教という新たな岐路に立たされていた。




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