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第173話 大豆でお料理 なっツク

ビック領のクラフトの陶器工房では、クラフトとルークスが砂と灰を前にガラス作りに悪戦苦闘していた。



一方、ヴェゼルは別の挑戦を始めようとしていた。


「ふっふっふ……今日も実験日です!」


そう言ってヴェゼルは、大豆の袋を抱えて厨房に入っていった。昨日のうちに水に浸していた大豆は、ぷっくりと膨らんでいる。


「おお、ふっくらしてるぞ。見てよサクラ、まるで僕の未来みたいに膨らんでるじゃないか!」


今日のヴェゼルはハイテンションだ。すると、頭の上から声が降ってきた。


「……未来が水で膨らむってどういうことよ」


闇の妖精サクラが、半目で毒を吐く。だがヴェゼルは気にしない。


「いいんだよ。これからこの大豆を煮て、とんでもない進化をさせるんだからね!」


「ふーん、またヴェゼルのくだらない遊び?」


「遊びじゃないよ、研究だよ!」


そう言い切ってヴェゼルは、ヴァリーに竈に火を起こしてもらう。


鍋に入れた大豆は、ぐつぐつと音を立て始める。


その間に、火の晩をセリカに頼み、ヴェゼル達は森に足を運んだ。


母オデッセイが教えてくれたこの領の、すぐに見つかるという「ローズマリーに似た草」と「青じそに似た草」を探すためだ。


「ヴェゼル様、手を」


少し照れながらも、ヴェゼルはヴァリーといつものように手を繋いで一緒に歩く。


頭の上では、サクラが気持ちよさそうにアレを垂らして昼寝をしている。


草はすぐに見つかった。必要な草を摘み終えると、館に戻って準備を進める。


煮えた大豆に、それぞれ草を混ぜ込み、布巾で包んでかまどの裏に置く。


あとは一昼夜待つだけ。





そして翌日。藁を開けた瞬間、独特の匂いが広がった。


「おおっ……きたきたきた!これだよ!」


狂喜乱舞するヴェゼルは皿に盛り付け、塩を添えて準備を整える。


「これだよ!間違いない、できたぞ!」


にやけ顔で宣言した、その時――。


「なになに、またおにーさまがへんなことしてるの?おかーさまー!おにーさまが、あやしいじっけんを!」


すると、みんなが集まってくる。


「何の匂い?なんか変な……」


フリード、オデッセイ、アクティが勢揃い。


さらにセリカ、カムリ、トレノ、そして村の見回りから帰ったばかりのグロムとコンテッサまで揃った。


ヴェゼルは両手を広げ、満面の笑みを浮かべる。


「さぁ!ご照覧あれ!これが新しい食べ物です!」





人々が集まり、皿に盛られた怪しい豆を取り囲んだ。白い糸を引き、なんとも言えない匂いが漂っている。


「……な、なんだこれは?」


フリードが眉をひそめて鼻を近づける。


「うっ……俺の足の匂いに似てる……」


そう言った瞬間、場にいた全員の視線が冷たく突き刺さった。


「ちょ、ちょっとフリード!そんな自爆みたいな発言しないで!」「おとーさま……」


オデッセイが額を押さえてため息をつく。


だがヴェゼルは、得意げに胸をはった。


「ふっふっふ!これこそが、大豆を使った新しい発酵食品の最終兵器!――納豆です!」


高らかに叫んだその瞬間、頭の上で眠っていたサクラがバランスを崩した。


「うにゃ……って、あああああーーっ!」


そのまま皿の中へと真っ逆さまに落下。


「サクラちゃんっ!?」


慌ててアクティが手を伸ばす。だが次の瞬間。


「ずぶっ……」


小さな手が納豆の山に突っ込んだ。


「うぎゃあああああああ!!!」「ちょ、ちょっと!糸引いてる!取れないんだけどぉぉ!」


アクティが必死に腕を抜こうと暴れる。納豆はべったりと糸を引き、サクラは必死に羽をばたつかせる。


「ぎゃー!くっついてる!羽がベトベトだーっ!」「ちょっとおにーさま!なんとかしてー!!」


サクラとアクティの絶叫が、館中にこだました。


「ちょっと……これは腐ってるんじゃないの?」


オデッセイが眉をひそめ、納豆の匂いを嗅ぐ。


「腐ってる?いえいえ、これは発酵食品なんです!パンを作る酵母と同じなんです!」


ヴェゼルは口の中をねばねば、にちゃにちゃにしながら、嬉しそうに説明した。


「……発酵?これが……?」


ヴァリーは恐る恐る箸を伸ばし、ひと口食べてみる。


「あ……意外と、いけるかも」


「なに?うまいのか?」


フリードも試しに食べ、驚きの声を上げた。


「……! これは……俺の足の匂いとは違う! うまいぞ!」


「だからなんで基準が足の匂いなのよ!」オデッセイが思わずツッコむ。


一方で、セリカは最初から箸が止まらない。


「おいしい!これ、すごく好きです!」


隣ではカムリとコンテッサ、そしてグロムが眉間にしわを寄せながらも渋々口に運んでいた。


「……正直、匂いはきついけど、食べられないことはない」「慣れたらクセになるのかしら……?」「俺は……あまり食いたくない……」



だがその場で一番悲惨なのは、まだ納豆にまみれの二人だった。


「……ねえヴェゼル、わたし、まだベタベタなんだけど」「おにーさまぁぁぁ!てが、いとをひいてとれないぃぃ!」


泣き叫ぶサクラとアクティ。だがヴェゼルは満面の笑みで、さらに納豆をかき込んでいた。


「これだ!間違いなく納豆だ!僕は歴史を動かしたぞ!」


「誰もそんな歴史求めてないわーっ!!!」


二人の叫びが、納豆の糸とともに部屋中に広がっていった。


サクラとアクティは、まだ納豆の糸から逃れられずにいた。サクラは羽をばたつかせ、アクティは手をぶんぶん振り回すが、余計に糸が伸びるだけだった。


「ねぇ!ヴェゼル、早く助けなさいよ!」「おにーさまぁぁぁ!てのネバネバがぁぁぁっ!」


必死の訴えにもかかわらず、ヴェゼルは相変わらず笑顔で納豆を口に運んでいる。


「んーっ、最高だな!大成功だよ!」


「全然聞いてないじゃない!」「たすけてぇぇぇぇ!!!」


見かねたフリードが腰を上げた。


「よし、俺が助けてやろう!」


その大声に、アクティが、死なば諸共と両手を広げて邪悪な笑顔で駆け寄る。


「お父さまぁぁ!ぎゅってしてぇぇ!」


次の瞬間、フリードの胸板にアクティの納豆まみれの手が直撃した。

「うおおおっ!?なんだこれは、俺の足より粘るぞ!」「きゃああああ!さらにひろがったぁぁぁ!」


二人はがっちりとくっついてしまい、糸を引きながらじたばたともがく。


「ちょっと待って!アクティ!お義父さま!」


ヴァリーが慌てて二人を引き離そうとする。だがその腕にも糸が絡み、次の瞬間――。


「うにゃああっ!?私までベトベトに!」


ヴァリーもまた納豆地獄に巻き込まれた。


「おいおいおい……なんだこれ、戦場より混乱してるぞ」


グロムが呆れた声を漏らす。だがその横で、コンテッサがぽそりとつぶやいた。


「……でも、こういう騒動って嫌いじゃないわ」


「おい、笑ってる場合か!」



一方その頃。サクラは羽に糸をまとわりつかせたまま、必死にヴェゼルに突進した。


「もういや!ヴェゼル、責任取ってよぉぉ!もう、お嫁に行けないっ!」


「ちょ、サクラ!?待て――うわっ!」


抱きつかれたヴェゼルの服も瞬く間にネバネバに。サクラは泣きながらもがき、ヴェゼルも必死に引きはがそうとするが、動けば動くほど糸が伸びていく。そして、アクティと目が合う。


「おにーさまー!たすけてってばぁぁぁ!」「俺だって助けてほしい!」


「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


その混乱に巻き込まれるように、セリカが横から突っ込んできた。


「私も!これおいしいけど、もうぐちゃぐちゃぁぁぁ!」


「セリカ!?なんでお前までぇぇぇ!」


続いてトレノとカムリまでもが巻き込まれ、最後にはグロムとコンテッサまで引っ張り込まれる。


気づけば、部屋の中にいた全員が――。


髪も服も羽も、何もかもネバネバに覆われ、納豆の糸でぐるぐるに繋がっていた。


「動けない……!」「うわぁぁ、もう団子みたいになってる!」「俺の足の匂いより強烈だぁぁ!」


フリードの声に、全員がげんなりする。


その惨状の中で、ただ一人、ヴェゼルは満足げに笑った。


「……やっぱり、納豆は最強だな!」


「最強じゃなくて最悪よぉぉぉ!!!」


オデッセイの怒号が館中に響き渡った。



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