第169話 ローグ子爵領からの帰還01
ルークスがまたもや、興奮して帰ってきた。
広間の扉を開けた瞬間、彼はまるで戦から勝利して戻った将軍のように胸を張り、息を切らせながら叫んだ。
「やったぞーー! これでガラスが作れる!!」
突然の大声に、館の中にいた一同はびくっと肩を跳ねさせる。
「な、なんだよ、ルークス!」とフリードが驚いて立ち上がる。
アクティは「またなにかやらかしたんじゃないの?」と顔をしかめた。
しかしルークスは気にも留めず、まるで子どもが宝物を自慢するように鼻息荒く報告を始めた。
もともと、この話のきっかけを作ったのはヴェゼルだった。
少し前に、サマーセット領のローグ子爵に会いに行った際、領都モンディアルの外れにある漁村――トール村に立ち寄ったのだ。
そこは豊富な漁港があり、浜辺では朝から漁師たちが魚介類や海藻を干しており、潮風に混じって磯の匂いが漂っていた。
ヴェゼルはその光景を見てひらめいた。
「これだ……! 海藻のホンダワラを灰にしてもらえれば、ガラスの原料になる!」
しかも昆布やテングサ、干物など、食料としても大いに役立つ。
そこでヴェゼルはローグ子爵に「もし可能なら、村で海藻を灰にして、それを定期的に売ってほしい」と申し出たのだった。
子爵は「ほほう、海藻を灰に? 奇妙な話だが、価値があるなら村に仕事を増やせる」と乗り気になり、トール村の漁師たちも「海藻は余るほどあるし、灰にして銭になるなら悪くねえ」と、前向きな反応を見せてくれた。
その後の交渉をより確かなものにするため、ヴェゼルはルークスに白羽の矢を立てた。
交渉ごとに妙な勢いと粘り強さを発揮する彼なら、うまくやってくれると踏んだのだ。
そして今回。
ルークスはローグ子爵領に乗り込み、見事に成果を持ち帰った。
「向こうでホンダワラの海藻を灰にして、それを買い取るってことで合意してきた!」
ルークスは興奮のあまり、机をばんばん叩きながら語る。
「さらにだ! 昆布とテングサ、魚の干物も毎月一回、まとめて購入することに成功した!」
「おおっ!」
その場にいた面々から感嘆の声が上がる。
「これで食卓がもっと豊かになる!」とアビーがぱぁっと笑顔になり、サクラは「おにぎりに昆布が巻けるね!」と両手を打ち合わせた。
一方でフリードは「干物は保存食としてありがたいな」と、実用面を冷静に評価していた。
さらにルークスの報告は続いた。
「それだけじゃない! ビック領からはホーネットシロップとホーネット酒を少量売るって約束もしてきた!」
「はちみつ……じゃなくて、あのホーネットか!」とバーグマンが目を丸くする。
ローグ子爵はその話を聞いた途端、まるで子どものように飛び上がって喜んだそうだ。
「ほ、本当にあの幻の酒を!? 我が領に!? わはははは!」
隣にいた妻のアルト夫人も、「まあ! あの甘いシロップを定期でいただけるなんて!」と、両手を合わせて喜んでいたという。
「そしてだ!」とルークスはさらに声を張る。
「子爵の息子、スイフト君にサッカーボールをあげたら、これがまた大喜びで! その場で兵士や下働きの人を集めて試合を始めちまった!」
その場面を想像した一同は、ニンマリした。
「領主のご子息が泥だらけでボール追いかけてる姿なんて、なかなか見られないですね」とカムリが笑う。
こうした一家の反応を見る限り、交易は順調に続くだろう――とルークスは胸を張った。
そして、今後の取り決めについても報告した。
「行き来は月一回、交易の馬車を出すってことで決めた! 責任者は、元サマーセット領で商人をやってた、今はうちで働いてるジールだ!」
ジールはもともと商才に長けた男で、領内の流通網の整備にも協力してきた。
ルークスの話を聞きながら、皆も「なるほど、あの人なら安心だな」とうなずく。
「護衛はどうする?」とフリードが問うと、ルークスは自信満々に答えた。
「ローグ子爵側は子爵の兵をつけてくれる。こっちも護衛を出すが、当てがある! 俺が選んだビック領の者に任せるつもりだ!」
こうして、ヴェゼルが蒔いた種をルークスが育て、ガラス製作に欠かせない海藻灰の入手ルートが確立された。
しかも副産物として昆布や干物、ホーネット製品まで取引できるようになり、子爵一家との関係もぐっと深まったのだ。
「これで準備は整った! あとは炉を作って、ガラスを生み出すだけだ!」
ルークスは鼻息荒く拳を握りしめる。
館の空気は一気に明るくなり、みんなの胸に新たな期待が膨らんでいた。
次なる挑戦――ガラス計画の幕開けである。
ちなみに、ヴェゼルは、ルークスに1つのお願いをしていた。
次回トール村に行く時までには、サニーに頑丈な蓋付きの壺を5つ作ってもらい、その壺をトール村に持っていく。
そこにイワシをギュウギュウ入れて海水で満たし、縄でぐるぐる巻きにして漏れないようにする。
それを割れないように持って帰ってきてくれないか、とお願いしていた。
不気味な笑顔を浮かべながら。それを見て、ルークスはぎょっとしたと言う。




