閑話 闇の精霊
この世界が創造された。この世に満ちるものは魔素だけであった。
魔素は目に見えず、声なく、ただ静かに漂い、虚空を満たした。
されど、魔素はただ散ずるものにあらず。ときに幾千、幾万と寄り集い、ひとつの輝きを生む。
その輝きは小さくして淡く、されど確かに光であった。
光は生まれ、漂い、そして消え去る。
幾百年、幾千年と浮かび続けるものもあれば、一瞬にして虚無に帰するものもある。
かくして、光は果てなく生まれ、果てなく失われる。
されど、全ての光が虚ろに終わるわけではなかった。
そのうちのわずか、ひとつまみの光は、ひとときの意思を宿した。
それは弱き芽、儚き心。
喜びは一瞬にして喜びのまま散り、怒りはすぐに霧のように溶け、悲しみもまた瞬く間に忘れられた。
彼らは名を持たず、かすかな意思をもっては消し、また生まれる。
されど、ひとびとは彼らを呼んだ――「スプライト」と。
それは光の芽にして、未だ完成せぬもの。
スプライトは無数に生まれ、無数に滅びた。
されど、その中にもまた、一握りの者があった。
彼らは喜びを留め、怒りを覚え、悲しみを忘れず、愛しむことを知った。
彼らはただの芽にあらず。己を己と知る、自我を得し者。
かくして、スプライトより変じ、妖精となる。
妖精は風に住まい、水に憩い、火に踊り、大地に根ざした。
彼らはひとびとに近く、されど遠く、目に見えども捕らえがたく、耳に聞けども掴めぬ存在であった。
人の世では伝承となり、歌となり、祈りの言葉となった。
されど、妖精もまた終わりを免れはしなかった。
彼らの多くは時とともに衰え、虚ろに帰した。
されど、ごくわずかの者は、さらなる高みに至る。
それは、神という『意思』を授かるときに起こる。
神は形なく、声なく、されど在る。
神はときに、選ばれた妖精に何かを与える。
それは名であり、使命であり、あるいは力であった。
その瞬間、妖精はただの妖精にあらず。
彼らは精霊となる。
精霊は世界の理を担い、川の流れを司り、火の燃ゆる理を守り、森の芽吹きを導いた。
精霊は妖精より高く、魔素より深く、ひとびとの祈りに応えるものとなった。
されど、伝え聞くはこうである。
精霊の中にも、かつて神の与えし使命を失い、己が意思に背きたる者があった。
その者たちは高き位を奪われ、光の中に堕ち、再び妖精へと還されたという。
かくして語り継がれる。
光は魔素より生まれ、魔素に還る。
その一握りがスプライトとなり、さらに一握りが妖精となる。
そしてまた、一握りのみが神の意思を授かり、精霊となる。
光は始まりにして終わりであり、終わりにして始まりである。
この世に在るものすべて、その理を逃れることはできぬ。
これが、精霊と妖精の来歴にして、古より伝わる言葉なり。




