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第166話 パンを焼きたいけど、その前に02

あの石切場からは馬車で倉庫に運んだので楽だった。


だが、オデッセイと相談した結果、石窯を設置するなら庭の端が良いだろうという結論に落ち着き、今いるメンバーで切り出した石を倉庫から運び出すことになった。


「短い距離だから大丈夫だろう」――その場の全員がそう考えていた。


だが、石を持ち上げてすぐに、それがどれほど甘い見通しだったかを思い知らされることになる。


石は大人が二人がかりでやっと持ち上げられるほどの重量があった。腕に食い込み、腰にずしりと響く。ほんの数歩運ぶだけで息が上がり、顔が真っ赤になる。


「……っ、重っ!」


ヴェゼルは肩で息をしながら呻き、汗を額から滴らせる。


結局、フリードやカムリ、グロムにも応援を頼むことになった。


驚いたのはフリードの力だった。


自分たちが必死で持ち上げていた石を、彼は左右の手で1個ずつ、それぞれひょいと持ち上げ、肩も揺らさず悠々と歩いていくのだ。


その姿に、いつも父をからかってばかりいたアクティも目を丸くして口を閉ざした。


「……すごい……」声にならないささやき。


いつものからかいの代わりに浮かんだのは、尊敬の眼差しだった。


やがて石は庭の端に積み上げられた。皆が腰を下ろし、呼吸を整えたころ、ヴェゼルが立ち上がって大きく息を吸い込む。


「よし……次は組み立てだね!」


その声に、疲労の色を浮かべていた顔がぱっと上がる。


アクティは小さな体で両手を石に添え、懸命に持ち上げようとした。だが当然、石はびくともしない。


「うわっ、おもいっ!」


腰を抜かして尻もちをつきそうになった瞬間、セリカが素早く腕を伸ばし支えた。


「大丈夫ですか?」


真剣な瞳で問いかける侍女に、アクティは頬を赤らめて照れ笑いを返した。

「だ、だいじょうぶ……!」


一方その頭上では、サクラがふわふわと漂い、雲のようにヴェゼルの髪の上で転がっていた。


「手伝う〜?」


口ではそう言うが、手足は動かさず、気怠げに足をぷらぷらさせているだけだ。


トレノは黙々と石を並べ、その表面を冷静に見つめていた。


指先で切断面をなぞりながら、小さく呟く。


「……やっぱり水魔法で切るときれいで正確だな」


ヴァリーはふっと柔らかく笑みを浮かべ、手を掲げると、指先に風がまとわりついた。


「じゃあ、ここで水と風魔法を使って石を微調整しましょう」


草がざわめき、衣の裾が揺れる。水が石に吹き付けると、表面が細やかに削れ、角が丸められていく。


「わぁ、削れた!」


サクラが興奮して飛び乗った瞬間、強い風に煽られて体がふわりと宙に浮かんだ。


「サクラ、危ないって!」


ヴェゼルが慌てて押さえ込み、彼女はくすくす笑い声をあげた。


こうして石を調整していくうちに、外壁の形が徐々に整っていった。


「これでかたちが整った!」ヴェゼルは拳を握りしめ、目を輝かせる。


だが、ヴァリーが少し首をかしげて口を開いた。


「でも、まだ正面の蓋がないと本格的な石窯にはならないですね」


彼女の微笑みに背中を押され、ヴェゼルは説明を始める。


「蓋はパンを正面から入れやすいようにしたいんだ。広すぎると熱が逃げちゃうから、出入口を切り出して、焼くときは石をはめ込んで密封する……」


「なるほど、じゃあ一緒にやりましょう」


ヴァリーが頷き、再び魔法陣を展開する。


印をつけ、ヴェゼルが指示を出すと、ヴァリーが水と風を合わせた鋭い魔力の刃――ウォータージェットで石を切り出していく。


切断面から水飛沫が立ち上がり、光を反射してきらきらと輝いた。


そのそばで、サクラは切り出された石の上を滑り台のように転がって遊んでいる。


水流で体が濡れ、髪の先から雫がぽたぽたと落ちていった。


「ヴァリーさん、おにーさま、きをつけて!」


アクティは少し離れた場所で胸の前に手を組み、真剣に祈るように声をかけていた。


正面の石をはめ込んだ瞬間――立ち昇る水蒸気の中に、淡い虹が生まれた。


「すごーい!」


サクラが歓声をあげ、宙を舞うように跳ね上がる。


ヴェゼルはガッツポーズを決め、額の汗をぬぐった。


「やった……!ヴァリーも目を細め、満足げに頷く。


「すごいわね!」


石窯が完成したと知った途端、サクラはさらに声を弾ませた。


「ふわふわパン焼けるの? 早く焼きたい!」


「はやく! ふわふわたべたい!」


アクティも負けじと手を挙げ、元気いっぱいに叫んだ。


ヴェゼルは深呼吸し、用意しておいた薪を窯の下に並べていく。


「さて、初火入れだ……」小さな呟きに、皆が自然と息をのむ。


火打石が弾かれ、ぱちりと音を立てる。


やがて火が灯り、風魔法で酸素が送り込まれると、炎は勢いを増して石窯の奥を朱に染めた。


煙がゆらゆらと上がり、青空の高みへと消えていく。


石に蓄えられた熱がじんわりと辺りを包み、庭に新しい気配を生んだ。


「わあ、顔があったかくなった!」


サクラが頬を赤らめ、くすぐったそうに笑う。


アクティは両手を叩いて目を輝かせた。


「すごいね!」


ヴァリーは炎を見守りながら、淡々と告げる。


「温度も安定してきましたね」


炎の明滅に照らされ、ヴェゼルは心の奥で密かに誓った。


「これでパンもふっくら焼ける……みんなで笑いながら食べるんだ」


その瞬間、仲間たちの顔には自然と笑みが広がった。


疲れと汗と泥にまみれた時間が、笑いと驚きと興奮へと変わっていく。


石窯の炎が、彼らの心を一つに結びつけていた。


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