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第165話 パンを焼きたいけど、その前に01

朝の光はまだ柔らかく、村の空気にはひんやりとした澄んだ匂いが残っていた。


ヴェゼルは少し上機嫌で、胸の奥がまだ先日のあんまん騒動の余韻に包まれているような気分だった。


しかし今日は甘味のためではなく、“本格的な焼き物”――パンを焼くための石窯作りに挑む日である。


「よし、今日は花崗岩の切り出し大作戦だ!」


先日のノリで拳を軽く突き上げても、誰も感応してくれない。でも、隣のヴァリーだけは柔らかい笑みを浮かべながら、ぴたりと寄り添い、じっとヴェゼルを見守っている。


サクラは相変わらずヴェゼルの頭の上に座り、足をぷらぷらと揺らしていた。


「なんで俺まで呼ばれたんだろ……」


護衛のトレノは少し渋い顔をしているが、任務として同行してくれている。さらに、なぜかアクティと彼女の侍女セリカまで参加していた。


「おにーさま〜、きょうはなにをしてあそぶの? それともまたへんなことするの?」


アクティが小首をかしげ、期待と不安の入り混じった目でヴェゼルを見つめる。


「変なことって……いやいや! 今日はすごいことするんだよ」


ヴェゼルはにっこり笑った。


「すごいこと? あんまんより美味しいの?」アクティの目がさらに輝く。


「うーん……食べ物としてはそうかもね。今日はパンを焼くための“窯”を作るんだ」


ヴェゼルは手を広げながら説明する。


「かま……?」アクティは首をかしげ、少し考え込む。「へぇ〜! パンやきき! おもしろそう!」


その声に、サクラは「……朝の空気はやっぱり気持ちいい〜」と大きなあくびをしながら、ヴェゼルの髪を枕代わりにごろごろと寝転ぶ。


「サクラ、髪の毛に涎を垂らすのはやめてね……」ヴェゼルは少し眉をひそめる。


「いいじゃない、髪の栄養補給よ」サクラは無邪気に答え、トレノはため息をつく。


「どんな補給なんだよ!」ヴェゼルは思わずツッコミを入れる。


アクティはケラケラと笑い、「うわ〜、サクラちゃん、ほんとにだらけてる」と楽しそうだ。


ヴァリーは静かに空を見上げながら、今日の任務を思案している。「石窯、ですか……。魔法で岩を切るのは、かなり訓練になりそうですね」


「そうそう! 今日はヴァリーさんにぜひお願いしたくて!」ヴェゼルは目を輝かせた。


セリカは荷物を抱えつつ、アクティをちらりと見て小声で呟いた。


「……絶対また泥だらけになる未来しか見えませんね……」


森を抜ける道は、光は柔らかく差し込み、木々の葉を通して小さな光の斑点を地面に落としていた。


ヴェゼルはその光景に少し胸を弾ませながら、「あの大きな岩場に着いたら、いよいよ石窯用の石を切り出すんだ」と心の中でつぶやく。


岩場にたどり着くと、目の前に赤みを帯びた大きな石がそびえていた。手で触れて鑑定をしてみると、やはり花崗岩長石と雲母が面で珪砂は含まれていない。それを確認してヴェゼルは少し眉をひそめた。


「残念、珪砂があればガラスにも使えたのにな……」


しかし、今日の目的は石窯の石を切り出すことだ。野苺で天然酵母を作っており、そろそろパンを焼きたくて仕方がない。


魔法を応用すれば、レンガや粘土で作るよりも早く石窯が完成する――そう思い立ったのだ。


「ヴァリーさん、この石を切り出してほしいんだ。水と風の魔法でウォータージェットカッターみたいにやってみて」ヴェゼルは説明する。


「ウォータージェットカッター?」


「水を圧縮して、細い水流にするんだ。その時、水はなるべく細く圧縮していく。そこにこのコランダムの粉を研磨剤として混ぜるんだ。きっと綺麗に切れると思うよ」


さすが元魔法省第五席。ヴァリーはすぐに理解し、準備を始める。ヴェゼルは前に領地中を鑑定しまくり、コランダムの鉱脈を発見していたので、粉末を用意してきたのだ。


ヴァリーが魔法を使って水を圧縮し、風と共にコランダムの粉末を噴射すると、石に向かって勢いよく水が飛び出した。それを徐々に加圧して補足していく。


すると「シューッ!」という鋭い音と共に、石が徐々に削られていく。


切断面には水の飛沫が煌めき、太陽の光に反射して虹が生まれた。


「わぁ、きれい……!」サクラが目を輝かせ、アクティもじっと見入っている。


トレノは冷静に見守りつつも、「なるほど、こうやって切るのか……」と感心した様子。


ヴァリーは何度も水流を繰り返し、ついに予定通り六枚の石を切り出した。石は高さ30センチ、左右60センチ程度の大きさで、まさに石窯の土台にぴったりだ。


「さすがだね、ヴァリーさん。本当にありがとう!」ヴェゼルは感謝の言葉を口にする。


「こちらこそ、楽しかったです。今度デートしてくださいね」ヴァリーは柔らかく微笑む。


ヴェゼルは少し照れながらも、「うん!もちろん!」と返す。石を手にしたその瞬間、心の中で確信した。


これでようやく、石窯を作る準備が整った。倉庫に運び込む石を眺めながら、ヴェゼルは心の中でつぶやく。


「さぁ、これで天然酵母のパン作りも本格化できる……次は絶対にふっくらだ!」





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