第163話 ルークスが再びウホウホ状態に突入からの02
ルークスの大絶叫が屋敷中を揺らした。
「なんだってえええええええええええええええええええええええっ!!!!!」
近所の鶏が驚いてバサバサ飛び立ち、厨房では鍋を落とした音が響き渡った。
外にいた兵士まで「敵襲か!?」と槍を構えて駆け込んでくる始末である。
「……ちょっとルークス、声がでかすぎるわよ!」
オデッセイが頭を抱えるが、ルークスは耳まで真っ赤になって興奮していた。
「お前、ヴェゼル!ガラスだぞ!? ガラスってわかって言ってるのか!?」
「うん。透明で、光が通るやつだよね」
「そうだ!そうなんだ! こっから遥か遠くのビート・ドワーフ王国でしか作れない幻の物!あれは貴族でも、いや皇族ですら簡単には手に入らないんだぞ! その価値、金よりも高い!」
言いながらルークスはバンッと机を叩いた。机の上の茶器が跳ねて落ちそうになり、あわててフリードが手を伸ばして支える。
「そ、それをビック領で作るだと……!? おい、これはただの商売じゃないぞ! 歴史に名を残す一大事業だ!」
ルークスの目がぎらぎらと光り、今にも炎でも噴き出しそうな勢いだった。
「ルークスおじさん、そんなに大げさにしなくても……」
「大げさ!? 大げさだと!? これはな、金貨が雨のように降ってくるってことなんだぞ!」
ルークスはヴェゼルの両肩をつかみ、ガクガクと揺さぶった。
「ガラスのコップ、ガラスの窓、ガラスの鏡! 全部貴族が欲しがるに決まってる!」
「ちょ、ちょっと! 揺らさないで! 頭がとれるっ!」
ヴェゼルは必死に抵抗するが、ルークスは止まらない。隣ではヴァリーがオロオロしている。
オデッセイがため息をつき、軽く咳払いした。
「ルークス、落ち着きなさい。まずは冷静に話を聞いてからでも遅くないでしょう?」
しかし、ルークスは今にも天井を突き抜けそうな勢いで叫んだ。
「冷静になれるかあああ! これは商売どころの話じゃないんだ! 帝国全土を揺るがす大発明なんだぞ!」
「……それ、まだ実験してないのよ」
「実験!? いいから石と砂を全部持ってこい! 馬車十台でも二十台でも出す! 村を丸ごと買い占めてもいい!」
「いやいやいや! そこまでしなくていいから!」
ヴェゼルが慌てて止めに入るが、ルークスはもう聞いていない。
フリードが困り顔で呟いた。
「おい、ルークス、顔が……戻らなくなってるぞ」
確かに、ルークスの顔は興奮のあまり変形したまま固まっている。
目はギョロリとむき出し、口は大きく開き、まるで仮面の怪物のようだった。
「…このままだとずっと、あの、かおかも…」
アクティが小声でつぶやき、グロムが吹き出す。
「笑ってる場合じゃない! ちょっとアクティ、冷たい水持ってきて!」
ヴェゼルが叫ぶと、アクティは慌てて水差しを持ってくる。
バシャーン!と頭からぶっかけると、ようやくルークスの顔が元に戻った。
「……ふぅ……冷静になった……」
「全然冷静じゃなかったよ!」
全員がツッコミを入れる。
ようやく場が落ち着きを取り戻したところで、オデッセイが話をまとめる。
「ルータン村の砂や石は適正価格で買い取りましょう。ただし、半分は作物で支払いましょう。あそこは土地が痩せているから、その方が村の人々も喜ぶでしょう」
「なるほど……商売と同時に、村との関係を強めるか」
フリードが感心したように頷く。
ヴェゼルも補足する。
「こっちも砂や石が大量に必要になるかもしれないし、長く続けるなら互いに損のない形でやらないとね」
オデッセイもにっこり微笑んだ。
すると再びルークスが立ち上がった。
「よし、決まりだ! 明日の朝一番で馬車を出す! 石も砂も根こそぎ持ち帰る! そしてガラス作りを始めるんだ!」
「……あの、まだ僕、がやり方を試してないんですけど……」
「大丈夫だ! ヴェゼル、お前なら絶対できる! 根拠はないが確信はある!」
「そんな無茶苦茶な確信やめてよ!」
「ふはははは! 俺の勘は外れたことがない!」
「いや、めちゃめちゃ外れてるじゃないですか。前に“カタツムリの殻は薬になる”って言って、腹壊したの誰でしたっけ」
「ぐぬぬ……」
場が大笑いに包まれる。
結局その日の夜遅くまで、ルークスは「ガラスで何を作るか」の妄想を語り続けた。
そのたびに、ヴェゼルやオデッセイが「いや、まずは小さなコップから」「まだ作れるかどうかもわからない」となだめるのだが、ルークスのテンションは下がることはなかった。
最終的に彼は、床に寝転がりながら「ガラスの城を建てるんだ……!」と夢見心地に呟いて眠り込んでしまった。
翌朝。
ルークスは目覚めるや否や飛び起きて叫んだ。
「よし! ルータン村に出発だあああ!」
こうして、ガラス計画はまだ一歩も進んでいないというのに、ルークスの頭の中ではすでに帝国一の大商売に発展していたのだった。
そこで気づいたとばかりにヴェゼルが呟く。
「とは言っても、ローグ子爵家のトール村から、海藻を買ってきて、ソーダ灰を手に入れないと作れないけど……」
その呟きはルークスには聞こえない…………




