第157話 みんなで魔法と剣の鍛錬
朝の空気はまだひんやりとして、村の端にある鍛錬場には朝露がきらきらと輝いていた。
毎日の習慣――剣と魔法の稽古が始まる時間である。
「はぁ……はぁ……もう、つかれたぁ……」
木剣を持つアクティの声は今にも消え入りそうだ。
フリードが横で真剣な顔をして型を示す。
「アクティ、剣は気持ちだ。ほら、腕をもっと伸ばせ」
「……うん……(死んだ目)」
腕を振り下ろす木剣は、もはや魚を干す竿のようにぐにゃりと頼りない。
しかも振り下ろすたびに「コン……コン……」と、乾いた間抜けな音が鳴る。
「はぁ……もう……おうち、もどろうかな……」
そのつぶやきに、フリードは額を押さえて天を仰いだ。まだ、十振りもしてないのに。と。
「アクティ!“おみそ”から卒業できんぞ!」
ヴェゼルはそれを横で苦笑しながら、自分の木剣を軽く回していた。
アクティの死んだ魚のような目と、ヨレヨレの動きは、逆に場の空気を和ませてはいた。
一方で、フリードとヴェゼル組が模擬試合を行う。
フリードの剛剣がうなりをあげて振り下ろされ、ヴェゼルはその一撃を紙一重でかわす。
勿論、フリードは本気を出してはいないが、それでも砂煙が舞い上がり、木剣同士がぶつかる乾いた音が響いた。
「ほう……また動きが速くなったな」
「まだまだ、お父さんには遠く及びませんよ」
ヴェゼルはしなやかに身をひねり、受け流しからすぐさま逆襲。
フリードはその攻撃を受け止めながらも、うっすら笑みを浮かべる。
“剛”のフリードと、“柔”のヴェゼル。
その立ち合いは、ただの朝稽古を超えて、見守る者の息を呑む真剣さを帯びていた。
アクティだけは「はふぅ……」と草に倒れ込み、完全に置いていかれていたが。
「ねぇ、わたしも魔法を練習したい!」
明るい声が響いた。振り返ると、アビーが立っていた。
元師匠のヴァリーもいるから、魔法を見てもらうために朝の鍛錬に加わったようだ。
ヴェゼルは剣を下ろし、うなずく。
「じゃあ、前に話した魔法の応用をやってみようか」
ヴァリーも期待の眼差しを向ける。
ヴェゼルは手を前に出し、説明を始めた。
「これは前にヴァリーさんに教えたんだけど、空気を薄い円盤にして、その中に砂を入れる。回転させて……砂粒を吹き付ければ、鉄でも削れるんだよ」
ヴァリーが見本として、指先に集まった風が小さな円盤となり、そこに砂が巻き込まれる。
砂粒はシュルルル……と音を立て、円盤の中で渦を巻いた。
「飛ばせば、切断もできる」
ヴァリーが手を振ると、その円盤が飛び、風と砂が混ざり合い、鋭い光の帯のようになって目の前の丸太を薙いだ。
次の瞬間、バリバリと音を立てて表面が削れ、煙のような粉塵が舞い上がる。
「……すごい」
アビーは目を見開き、息を呑んだ。
ヴェゼルの手にかかるとまるで別物に変わるのだ。
「次は……絶対に試しちゃダメなやつ」
ヴェゼルは真顔になり、両手を組んで、アビーにイメージを伝える。
「空気の中に青白い光が凝縮され、一本の細い線となって伸びていく。その火を極限まで圧縮して収束させると、鞭のようにしなって、広範囲を薙ぎ払える」
ヴァリーがほんのちょっぴりだけそれを見せる。そしてその光は地面をなぞり、焼け焦げの線を残した。
「これを、そのまま拡大して撃つと、多分、戦場で使えば千、万単位で人を殲滅できる。だから“概念だけ”覚えておいてね」
アビーは顔を青ざめさせ、ゴクリと唾を飲む音がはっきり聞こえた。
「わ、わかったわ……絶対に、試さない……」
彼女は何度も何度もうなずいた。
「最後に土魔法だね」
また、ヴァリーが手本を見せる。手をかざすと、土が集まり、みるみるうちにぎゅっと圧縮されて金属のような硬さを帯びていく。
それを風でジャイロ効果の要領で回転させて、前方に撃ち出した。
ズドンッ!
小石ほどの塊が一直線に飛び、丸太をえぐり取った。
飛翔の軌跡はまるで銃弾。威力は桁違いだった。
「おおおっ!すごー!」
アクティは手を叩いて喜び、アビーも感嘆の声を上げる。
その流れで、アビーが何気なく口にした。
「ねぇ……聖魔法って、傷しか治せないって言われてるけど……病気も治せたりしないよね?」
場の空気が一瞬で張り詰める。
ヴェゼルは腕を組んで、ゆっくり答えた。
「多分……可能だと思うよ」
「なっ……!?」
今まで鍛錬を見ていたフリード、ヴァリー、オースター、オデッセイ。全員が揃って目を見開き、息を呑んだ。
「でもね、きっと、体の中の構造を理解していないと難しいと思う。それに、『小さな病気の元』を知らないと無理なんじゃないかな」
「病気の……元?」
ヴェゼルは小石を指先でつまみながら例える。
「目に見えない『小さな病気の元』が体に入り込んで、悪さをする。それをイメージできれば、聖魔法で排除できると思うんだ」
フリードは思わず声を荒げた。
「そんな概念、聞いたこともないぞ!」
オースター司祭はさらに驚愕していた。
(……病気まで治せる聖魔法……もしそれが本当なら、この少年はいったい何者だ……!?)
緊張感が漂う中。
ヴェゼルの頭上から……「すぴー……」と間抜けな、いびきが響いた。
見上げれば、サクラが大の字で寝転び、へそを丸出しにしながらお腹をボリボリ。
口からは涎がだらだら垂れ、ヴェゼルの頭頂にぽたぽたと落ちていた。
「おい……」
「ぷふっ……!」
必死に笑いを堪えるフリード。
アビーは口元を押さえて肩を震わせ、ヴァリーは「見てないです。見てないです」と小声で唱えている。
サクラは寝言を漏らした。
「……タコとイカ……もっと……」
場の空気が一瞬で引っくり返り、誰もが顔を赤くして笑いを噛み殺す。
ヴェゼルは頭を抱えてため息をついた。「……俺の頭の上はいつもカオスだな……」
こうして、剣と魔法の鍛錬は大成功……のはずだった。
アビーの魔法は強化され、聖魔法の新しい可能性も見えてきた。
しかし一番強烈な印象を残したのは――頭上で爆睡するサクラのだらしない寝姿だったのは、言うまでもない。
その日の鍛錬は、いろいろと入り混じり、参加者全員に忘れられない朝を刻み込むことになった。




