表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

169/350

第156話 アビー、来ホーネット

事前に届いていた手紙通り、アビーとその父親であるバーグマンがホーネット村に到着することになった。


ヴェゼルは前日からそわそわしており、隣に座るヴァリーは相変わらずにこにこ笑いながらその様子を見守っていた。


「ヴェゼル様、落ち着いてください。顔が赤くなってますよ」


ヴェゼルはあまり聞く耳を持たず、手のひらをじっと握りしめては深呼吸を繰り返すだけだった。


どう見ても緊張のあまり、肩で息をしているように見える。ヴァリーは小さくクスクス笑いながら、「まったく、落ち着きないですね」と心の中で呟く。


馬車が村の入口に差し掛かると、護衛を伴ったアビーの一行が姿を現した。


父親のバーグマンに加え、護衛3名のうち一人が見覚えのあるキックスであり、その隣には背の高い白いスータンをまとった聖職者が立っていた。


「……あの人がオースター司祭だよな……」


ヴェゼルは心の中で確認する。


確か、鑑定の儀の際に面識があった人物である。


まず、フリードとバーグマンが互いに軽い挨拶を交わす。


バーグマンはにこにこと笑いながら、胸を張って言った。


「ビック家から教えてもらったウマイモや魔物肉の燻製が、領民たちにとても喜ばれて、助かっているぞ!」


フリードも微笑みを返す。「これからもお互い協力を続けよう」


ヴェゼルは少し緊張しながらも、アビーと久々に挨拶を交わす。


しかしアビーはすぐにヴァリーに話しかけ、ヴェゼルの顔を見ながらクスクスと小声で談笑していた。


ヴェゼルはその光景を見て、少し困った顔になる。


「……ああ、これはまた何か言われるのかな……もしかして僕、なにかした?」


その間、アクティは背後から、ちらちらと兄の表情を覗き込む。


「ふつうは、なかがわるくなるものなのに、なんでわらってるのかしら?」


大人ぶった口調で解説している。


妹は兄が困るのが嬉しいのか?とヴェゼルは訝しむ。


その後、ようやくアビーはヴェゼルに近づくと、腰に手を当て軽く挑発するように言った。


「私がいる間は、私を一番に可愛がってね!」


ヴェゼルは「あ、そ、そりゃ……うん……」と答えるしかなかった。


ちらりとヴァリーを見ると、彼女も笑っている。


お互い納得しているのだろう。


アクティは兄が困る顔を見て嬉しそうだ。


応接室に入ると、まずオースター司祭が挨拶をする。


彼は現在、主にアビーの家庭教師を務めているらしい。


ヴァリーの後任で魔法省から派遣されてアビーに魔法を教えていたウルスも来たかったそうだが、急遽帝都に戻らなければならず、ヴェゼルに会えないことを非常に残念がっていたらしい。


ヴァリーによると、ウルスは年下で少し気弱だが、優秀な青年とのこと。両親も良い人で、妹は学園に通っているそうだ。


「唯一、魔法省で仲良くしていた友人です」と、ヴァリーは微笑む。


フリードが先日、ヴェゼルがローグ子爵の領地を訪問した話をすると、バーグマンは少し渋い顔をする。


戦争が終わったばかりで、まだ心配しているらしい。


だが、ローグ子爵やアルト夫人は親切で、アクティとローグ子爵の息子スイフトとも仲が良い。


「あまりにも仲が良くて、婚約する勢いだぞ!」


フリードが付け加えると、アクティは嬉しそうに顔を赤らめた。


オデッセイも、「経済面も人的交流も活性化して、共に歩んでいく予定です」と話すと、バーグマンは頷く。


「うちもローグ子爵と交流を検討しようか」


夕食の時間になると、まだ残っていたローグ子爵からの海の幸の魚介類を出すと、バーグマンとアビーも大喜び。


バーグマンはにっこり笑い、オースター司祭について言う。


「オースター司祭は信頼できる。教会の他の聖職者とは違うので安心だぞ」


オースター司祭も微笑む。「私は教会の所属ではありますが、心はバーグマン家の家臣としてあります」


アビーはうなずき、満足そうな表情を浮かべた。


そこでヴェゼルは、フリードとオデッセイの目を見る。二人が頷くのを確認してから、左手の小さな箱をそっと開けた。


「……出てきて、サクラ」箱の中から妖精であるサクラが顔を出す。


しかしどうやら夕食中だったらしく、またまた口をもごもごさせながら、抗議する。


「今、夕食中!! なんでいつも食べてる時に呼び出すのよ!」


オースター司祭は目を丸くし、絶句する。


100年以上も公の場に姿を見せなかった妖精が、目の前に現れたのだ。


サクラは威勢よく胸を張り、宣言する。「私は闇の妖精サクラよ! ヴェゼルの婚約者!」


場に一瞬の静寂が走った後、全員が思わず苦笑する。


サクラはさらに言い張る。


「私に惚れても無理だから! 私はヴェゼルのお・ん・な・なんだから!」


するとアビーが負けじと口を挟む。「私が第一夫人だけど!」


ヴァリーも負けずに立ち上がって言う。「私が側室第一夫人です!」


サクラはさらに張り切る。「私は妖精第一夫人よ!」


そこに、黒い顔をしたアクティが割って入る。


「みんなだいいちね! これからふえても、みんな、なにかの『だいいち』になるんじゃない?」


オースター司祭は困惑し、オデッセイは苦笑いしつつフォローする。


「まぁ、うちは毎回こんな感じなので……」


応接室は笑い声と絶叫で満ちあふれ、完全にカオスとなった。



ヴェゼルは「……これが俺の平和な日常か……」とつぶやきつつ、隣のヴァリーと視線を交わし、二人で微笑む。



バーグマンもオースターも唖然とした表情で、半ばあきれながらも、やはり笑いをこらえている姿が見えた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ