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第153話 ミニクラーケンの調理

一行はトール村での海藻購入を終えると、再び馬車に乗り込み、領館へと戻った。


朝からの外出で気分は晴れやかだったが、港町の海風にさらされ、さらに馬車に揺られたことで、子どもたちには少し疲れが見え始めていた。


ヴェゼルはそんなみんなの様子を横目で見ながら、ポケットに手をやる。


そこにはいつものように小さな妖精サクラがちょこんと隠れている。布越しにそっと覗き込むと、サクラは半分眠そうに目を瞬かせていた。


「サクラ、これから面白いことをするんだ」


耳元で囁くと、サクラはパチリと目を開き、小さな声で「ほうほう」と答えた。


まるで何か秘密のお菓子でももらえるときの子どものように、目が輝いている。


やがて領館の庭に戻ると、驚くべき光景が待っていた。


トール村の漁師たちがすでにタコとイカを大量に届けてくれていたのだ。


普段は「クラーケンの子ども」と忌避され、浜に打ち捨てられている食材である。それがこうして山のように積まれているのだから、まるで宝の山のようにも見える。


ローグ子爵とアルト夫人もその山を見て、怪訝そうに眉をひそめた。


「……これは本当に食べられるのか?」


「私も聞いたことがございませんわ。けれど……なぜか、見ていると美味しそうに思えてしまうのは不思議ですわね」


二人は興味と警戒の入り混じった眼差しを向けていた。だがヴェゼルは迷わなかった。


真っ直ぐタコとイカの山に歩み寄り、両手でずしりと重いイカを抱え上げると、胸を張って宣言する。


「これは絶対に美味しくできます!みんな、手伝ってください!」


その声に最初に反応したのは、グロムだった。腕を組み、眉をひそめながらも低く問いかける。


「しかし、大量だぞ。これを全部どう調理するつもりだ?」


「心配無用ですよ。大人数でやれば、あっという間です」


ヴェゼルは笑みを浮かべて答える。だがグロムはまだ納得しきれない様子で、重いため息をついた。


「……まったく。仕方ないな。だが俺がやるなら中途半端は許さんぞ」


その言葉にヴェゼルはにやりと笑った。


「もちろん!グロムが本気を出せば百人力です」


横でそのやりとりを聞いていたヴァリーが、そっとヴェゼルの手を離すと、勢いよく声をあげた。


「私も手伝います!」


頬を赤くしながら張り切る姿に、周囲の空気がぱっと明るくなる。


さらにアクティが「わたしもやるー!」と両手を挙げ、スイフトも「ぼくもやるー!」と声を合わせた。


その微笑ましい様子を見て、ローグ子爵とアルト夫人も顔を見合わせた。


「……私たちも手を貸そうか」


「せっかくですものね。お祭りみたいで楽しそうですわ」


こうして領館の庭は一気に活気づいた。タコとイカを解体する大仕事が始まったのだ。






まずはイカとタコを切って開き、内臓を取り除く作業である。


「ぬるぬるしててるぅ……」とアクティが眉をしかめる。


「大丈夫だよ。ほら、包丁を使うのは大人に任せて、アクティは塩を振る係ね」


ヴェゼルが優しく言うと、アクティは目を輝かせて「はい!」と答えた。


スイフトは真剣な表情で布を使い、イカの表面を丁寧に拭いていく。


「きれいにしないと!」


「頼もしいね、スイフトくん」ヴェゼルはその姿に微笑んだ。


ヴァリーは最初は恐る恐るだったが、次第に要領をつかみ、串にタコの足を通す役をこなしていた。


「ほら、見てください。できました!」


嬉しそうに見せる姿に、子爵の侍女たちから「お上手ですよ!」と歓声が上がる。


グロムは黙々と作業を進め、唯一あった巨大なタコの足を豪快に切り分けていく。


「やっぱり俺の手じゃないと、この太さは無理だな」


力強い腕前に皆が感嘆した。


やがてアルト夫人は「私もやってみますわ」と笑みを浮かべ、侍女たちと一緒に塩をふったり、串を整えたりし始めた。


ローグ子爵も渋々といった様子で手を伸ばし、「昔は剣しか握らなかったのだが……」と苦笑しながらタコを串に刺していった。


そのうちに庭師や兵士、料理人までが集まり、「これは領館総出だな!」と誰かが笑った。


領館の庭は、いつしか大宴会の仕込み場のようににぎやかになっていた。




切り開かれたイカやタコは塩水に浸され、さらに酒に漬け込まれた。


次に木で作った串に通され、庭の風通しの良い場所へと運ばれる。


「ここなら日陰で、海風も当たる。絶好の干し場ですね」料理長が感心したようにうなずく。


竿のように組まれた木材に、タコとイカがずらりと並ぶと、それは圧巻だった。


「うわあ……」とアクティが目を丸くする。


「みにくらーけんだらけだ!」スイフトは大はしゃぎだ。


海風が通るたびに香ばしい匂いが漂い、干し場の前に立つ者の顔は自然と笑みに変わっていった。


「明日には絶対に美味しく食べられますよ!」ヴェゼルが胸を張って宣言すると、皆が拍手や歓声をあげた。




そして、その日の夕食前に、ヴェゼルは特別に厨房に入ることを許された。


「料理長、今日はお願いします。少し変わった料理を一緒に作りませんか」


「ほう、どんなものですかな?」


ヴェゼルは簡単に工程を説明し、料理長は目を丸くする。


「お米や醤油はないけれど」と小声で言った後、

「塩と小麦粉はありますね。じゃあ、塩焼きと天ぷら。それから……ミニお好み焼き風もやってみましょう」


「て、天ぷら……?小麦粉を衣にして揚げる料理とは……!」


料理長は半ば呆然としながらも、強い好奇心に突き動かされ、次々と質問を浴びせかけてきた。


タコとイカを切り分けてもらい、小麦粉をまぶし、油へと落とす。ジュワッと音が弾け、香ばしい香りが広がった。


「こ、これは……!」料理長は驚愕の声を漏らす。


「この方法なら、硬いタコやイカも食べやすくなるはずです」ヴェゼルは自信満々に答えた。


さらにイカの切り身は塩で軽く焼き、葉野菜と和えてカルパッチョ風に仕立てる。レモンと酢を垂らすと、爽やかな香りが広がり、厨房の空気が一変した。


「こんなに手軽なのに……香りがまるで別物ですな」料理長は感嘆のため息をついた。


最後に、小麦粉を溶いた生地に刻んだタコを混ぜ、鉄板で焼き上げる。香ばしい匂いとともに「タコ入りのお好み焼き風」が完成した。


「見た目は質素ですが……なんとも食欲をそそる香りです」料理人たちが口々に驚きを漏らした。






夕餉の席に料理が並ぶと、まずはヴェゼルが真っ先に箸を伸ばした。


「うまい!これは……めちゃくちゃ美味しい!」


満面の笑みで頬張る姿に、場が一気に和む。


ヴァリーは最初はおそるおそる口に運んだが、その柔らかさと旨味に目を丸くした。


「……おいしい!すごくおいしい!」


その隣でサクラも小さな手でちょいちょいと皿を引き寄せ、夢中で食べ始める。


「ね、ね、やっぱり美味しいでしょ!」ヴェゼルは得意げに笑った。


アルト夫人もローグ子爵も、半信半疑で口にした瞬間、驚きの表情を浮かべた。


「……これは……!本当に美味しい!」


「なぜ今までこんな食材を誰も口にしなかったのだ……」


ローグ子爵は唸るようにつぶやき、しばし言葉を失った。


庭で干されているタコやイカの列を思い浮かべながら、領館の人々は互いに顔を見合わせ、笑顔を交わした。


新しい食材の可能性を知ったその日の晩餐は、単なる食事ではなく、皆が未来を語るような、希望に満ちた宴となった。


ヴェゼルはその中心で満足げにうなずき、心の中で小さくつぶやいた。


――これでまた一つ、この世界の食文化が変わるかもしれない。


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