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第151話 サマーセット領の領都モンディアルへ 02

一息ついた応接室に、アクティとスイフトが手をつなぎ、にこやかに戻ってきた。


二人は互いの手をぎゅっと握り、肩を並べて歩いている。


アクティが少し前に出て、スイフトは後ろをついていくのを見ると、その仕草からアクティが主導権を握っていることが窺える。


スイフトの頬は赤く染まり、恥ずかしさと嬉しさで微笑む。


「おにーさま、おねがい! スイフトくんにサクラをしょうかいしたいの!」


アクティは勢いよく手を振りながら訴える。


ヴェゼルは微笑みながらも、一瞬目を細め静かにグロムに視線を送った。


グロムは少し眉を寄せながらも、静かに頷く。


それを確認したヴェゼルは、ローグ子爵とアルト夫人に向かって口を開いた。


「これからお見せすることは、ビック家の最重要の秘事になります。どうか他言無用でお願いしたいのです」


ローグ子爵は深く頷き、重々しい声で応じる。


「承知しました。我が家は今後、ビック家と共に歩むと決めています。貴殿らに不利になるようなことは断じていたしません」


それにアルト夫人もうなずく。ローグ子爵が周囲にいる侍女たちに目配せすると皆同じく頷いた。


ヴェゼルは軽く息を整え、左手に持っていた小さな箱を見た。そして、静かにサクラの名を呼んだ。


箱の蓋がぱっと開き、内側から光が漏れると、そこから小さな妖精が姿を現した。


体は小さく、羽が透き通って光を反射している。口元をまたモゴモゴさせ、少しぷくっと頬を膨らませたその表情は愛嬌たっぷりだ。


「もう! おやつ食べてるときにばっかり呼び出さないでってば!」


小さな声ながらも、館の静寂に響く。


その光景に、ローグ家の人々は驚きの息を飲んだ。子爵の唇がぽつりと漏れる。


「やはり……噂は真実だったか。ビック家には妖精の加護があるという……」


スイフトは目を輝かせ、手を叩いて大喜びする。


「わあ! ようせいさんだ! よろしくね!」


サクラは腕を組み、少し眉をひそめながらもきっぱりと宣言した。


「仲良くはしてあげるけど、ほどほどにね! 私はヴェゼルの『女』なんだから、好きになってはダメよ!」


応接室は一瞬静まり返った。


次の瞬間、苦笑や小さな失笑が漏れ、緊張の糸はほどけた。


スイフトもローグ家の人々も、ぽかんと口を開けてその様子を見つめ、ヴェゼルは頭を抱えた。


そこにアクティも入り、スイフトとサクラが入り乱れて、ぎゃあぎゃあと騒ぎはじめたのだった。




そして、夕食の時間となる。


ローグ子爵は食卓に次々と料理を運ばせた。


モンディアルの名産である海鮮料理が並ぶ。


香ばしい焼き魚、旨みたっぷりの貝の蒸し物、彩り豊かな海藻料理……その匂いだけで、空腹を忘れてしまいそうになるほどだった。


サクラも小さな席を用意され、目の前に並ぶ料理に興味津々だ。


次々と手を伸ばし、自分よりも大きそうな料理を平らげていく。その勢いは妖精とは思えぬ大食いぶりで、使用人たちは驚きの声を漏らした。


「んー! これ、最高!」


サクラは満足げに頬を膨らませ、目を輝かせる。


もう動けないと言い、ヴェゼルのポケットに戻ろうとしたら、あまりの量食べたためにお腹が膨れ、胸ポケットには収まらなくなり、本人は椅子に寄りかかりながら「動けない……」と小さく呻いた。


それを見ていた一同は思わず笑い、館内に柔らかい笑い声が広がる。


暗い話で始まった一日の最後に、笑いと賑やかさが場を満たした。海の香りと笑い声が混ざり合い、応接室はまるで小さな祝祭のようだった。


アクティはスイフトと目を合わせ、微笑みながら小さな声で囁く。


「ねえ、サクラちゃん、スイフトくんとなかよくしてあげてね」


サクラは少し目を細め、「うん」と小さく頷いた。


「ほどほどにだけどね」とサクラはニンマリと笑う。


そのやりとりを見守るヴェゼルは、領都に着いたばかりの緊張と疲労が、一瞬で解けるのを感じた。


今日一日の出会いと再会、そして思わぬ笑いが、彼らの旅に新たな彩りを加えていた。





夜、寝る前にこっそりとヴェゼルがアクティに聞いた。


「ねえ、アクティ……どうして、スイフトくんにサクラを紹介したの?」


アクティは目をぱちりと瞬かせ、小さな手を顎にあてて考える仕草をした。


「だって……スイフトくんに、わたしのだいじなものをまもってほしいから。これからも、ずっと……いっしょに」


ヴェゼルは驚く。まだ4歳なのに、そんな深い理由で動いていたとは思わなかった。


夜は深まり、館の窓から見える港の灯りが波間に反射して揺れる。海風は優しく吹き込み、遠くで船の汽笛が響く。


その音とともに、応接室の笑い声が混ざり合い、長旅の疲れを癒す夜となったのだった。








最後に布団に入ってから、


「『かせ()』をたくさん、はめていけば、みうごきできなくなるって、おかーさまがいってたし」


……と小声で呟いて、黒い笑顔を『誰か』が。…………それを聞いたものは……誰もいなかった。


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