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第150話 サマーセット領の領都モンディアルへ

一行がモンディアルの領都に着いたのは、陽が傾きかけた頃だった。


海からの風は潮の香りを運び、長旅で重くなった身体をすっと軽くしてくれる。


港町特有の喧騒があたりに響き、石畳の街路を行き交うのは魚を抱えた行商人、荷車を引く船乗りたち、そして声高に取引を交わす商人たちだった。


海鳥の鳴き声さえ、町の活気に溶け込んでいる。


「わぁ……すごいにぎやか!」


アクティが馬車の窓から身を乗り出し、目を輝かせた。


サクラは微笑んでその背を支え、ヴェゼルは「落ちないでね」と声を掛けながらも同じように目を細めた。


やがてローグ子爵の館に到着すると、門前には従者たちが並び、来訪を待ち構えていた。


彼らの顔に浮かぶのは張り詰めた緊張ではなく、どこか温かさのある笑みだった。


旅人を迎えるというより、親しい者を待ち続けていたかのような空気に、ヴェゼルたちは自然と頬を緩めた。


玄関ホールに入るや否や、スイフトが駆け寄ってきた。少年の目には涙が浮かび、声は弾んでいる。


「アクティちゃん!」


アクティも負けじと小さな腕を広げ、勢いよく抱きついた。


二人は何度も名前を呼び合い、その再会を確かめ合う。まるで離れ離れの時間を埋めるように。


その後ろから姿を現したアルトは、まるで母親のようにアクティを抱きしめ、背を優しく撫でた。


「よく来てくれたわね……」


その声音には、親族を超えた深い情が滲んでいた。セリカが隣で静かに頭を下げると、アルトもまた感極まったように目を細めた。




応接室に通されると、香り高い茶が並べられた。旅の埃を流すように、一口含むたび心までほぐれていく。緊張が溶けたのか、アクティは持参した知育玩具を取り出し、子どもたちの前に並べた。


「これ、おにーさまがつくったの!」


カラフルな積み木や仕掛け付きの木製玩具に、スイフトは目を輝かせ、歓声をあげた。


そのまま隣室にセリカと共に向かい、遊び始めたようで、部屋の外からは笑い声と弾んだ声が響いてきた。大人たちの表情にも自然と微笑みが戻り、場の空気は和らいでいった。



だが、やがてローグ子爵は茶を置き、静かな声で切り出した。


「避けては通れぬ話をしなくてはなりませんな……」


語られたのは、スタンザとクリッパー、そして執事エコーの行く末だった。


エコーは戦が終わり館に戻ったものの、忠義と後悔に挟まれたまま、やがて自ら命を絶ったという。ローグ子爵は一瞬目を伏せ、短く黙祷のような間を置いた。


スタンザは会議の後に倒れ、意識を取り戻すことなく衰弱死した。食も自分では食べれず、餓死に近い最期であったと淡々と語られる。そこに情はほとんどなかったが、現実の重さがひしひしと伝わってくる。


そして弟クリッパー。修道院へ送られる途上、馬車ごと魔物に襲われ命を落としたという。


あまりに出来すぎた()()に、誰もが「処分」という言葉を心に浮かべたが、誰ひとり口にしなかった。


領民からの恨みも強く、葬儀は行わず密葬とされたという。


重苦しい沈黙が落ちた。その空気を振り払うように、ローグ子爵は深く息を吐き、話題を切り替えた。


「……暗い話はここまでにしましょう。明日はモンディアルの港を案内いたします。魚介の宝庫ゆえ、今夜の食卓も楽しみにしていてください」


子爵の一言で場が和み、誰もが軽く肩を落とすように安堵した。アクティの笑い声が隣室から響いてきて、それが救いのように場を明るくした。




ひと段落したところで、ヴェゼルは切り出した。


「実は……こちらに来る途中で、ルータンという村に立ち寄りました。人口は三十人ほど。昔はサーマセット領の庇護下にあったそうですが、今はどこにも属していないと。そこをうちが庇護することを了承していただけるでしょうか」


ローグ子爵は眉をひそめ、しばし沈思した。


「……確かに、あの村はかつて我が領の一部でした。しかし父が切り捨てたのです。あまりにも金を生まず、逆に費用ばかりかかるお荷物と……」


語られる言葉には苦味があった。村の人々を捨てざるを得なかった過去と、その責をいま語らねばならぬ重さがにじんでいた。


「一度切り捨てた村を、我らが再び庇護することは難しいでしょう。村民の信は得られぬ。……ですが、ビック領であれば話は別です。どうか、彼らを救ってやってほしい」


子爵の真摯な眼差しに、ヴェゼルは深く頷いた。ルータンの人々の笑顔と涙が脳裏に蘇り、その願いを決して無下にはできなかった。


「わかりました。必ず力になります」


その言葉は少年の誓いであると同時に、領主の子としての責任の自覚でもあった。子爵は安堵したように頷き、ようやく話を終えた。


こうして、長旅の末に辿り着いたモンディアルでの再会と語らいは、過去の清算と新たな決意を刻む場となったのだった。


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