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第144話 新商品を皇妃に献上にいく

ルークスは帝都に戻る前、革職人アトラスの工房に足を運んだ。


「一週間後までに、できるだけ多くのサッカーボールを頼みたい。ただし――皇妃献上用の品を最優先にしてくれ」


その声音はきっぱりとしており、決して譲らぬものだった。アトラスは真剣に頷き、横で控えていた弟子と息子のトライトンに伝えた。そして、木工職人のパルサーにも同様の依頼が伝えられた。


こうして二人の職人を中心に、昼夜を惜しまず作業に取りかかる。蝋燭の明かりの下で革を縫い、木を削り、指先に豆をつくりながらも黙々と手を動かしてくれた。


そして、一週間後――。


工房に並べられた品々は圧巻だった。献上用のサッカーボールは革の張りも美しく、縫い目ひとつ乱れのない仕上がり。そろばんは四十台が整然と並び、玉の滑りも滑らかに仕上げられていた。そして、サッカーボールは百個。


アトラスもパルサーも、目の下にくっきりと隈をつくりながらも、その顔には達成感がにじみ出ていた。


「よくやってくれた。ありがとう」


ルークスは労いの言葉と共に、ずしりとした前金の袋を差し出した。


「えっ……これほどまでに?」


二人は揃って目を見開いた。予想を遥かに超える大金に、思わず手を引っ込めようとする。


「受け取ってほしい。これは当然の報酬だ。帝都で高値で売れたら、その分さらに分け前を渡す」


「い、いえ、そんな……! 私たちには十分すぎます」


「これ以上は受け取れません!」


恐縮して辞退しようとする二人に、ルークスは真っ直ぐな眼差しで言い放った。


「俺は領主様の妻であるオデッセイの実弟だ。商人として利益を上げるのは当然だが、領民を搾取して成り立つ利益など虚しいだけだ。――共に利益を上げていく。それが俺の矜持だ」


静かながらも力のこもった言葉だった。


アトラスとパルサーは胸を熱くし、深く頭を下げた。


「……そこまでおっしゃるなら」


「では、楽しみに待たせていただきます」


二人の声は震えていたが、その表情は晴れやかだった。


ルークスは満足げに頷いた。


彼にとって商いは単なる利を追うものではなく、領民と未来を共に築くための道でもあった。







そして冬になった。


空はどんよりと鉛色に曇り、雪が今にも降り積もりそうな気配を孕んでいた。


ルークスたちは馬車に荷を積み込み、長い帝都までの道のりを進む。


そいてようやく帝都着いた。


帝都に入り最初に訪れたのは、帝都に支店を構えるバネット商会だった。


入口をくぐると、冬の冷気を押しのけるように暖炉が燃え、帳場の奥にはベンテイガ――オデッセイとルークスの父でもある男が座していた。


「久しいな、ルークス」


威厳ある声で迎えられるが、彼の視線は荷に注がれている。


ルークスはまず、持ち込んだ箱からそろばんを取り出した。木目が美しく揃えられ、玉は滑らかに動く。ベンテイガは怪訝そうに眉を寄せた。


「これは……なんだ? 見慣れぬ形をしているな」


ルークスは落ち着いて答えた。


「数を早く、正確に計算できる道具だよ。こうして……」


彼は簡単な掛け算を実演してみせた。指先で玉をはじくと、計算結果が瞬く間に整う。


ベンテイガの目が驚きに見開かれる。


「おお……これは……! 商会の帳簿仕事が一気に楽になるではないか!」


大商人らしい鋭さでその価値を見抜き、椅子を蹴って立ち上がった。


「ぜひとも、わが商会で導入したい! いや、帝都中に売り出せば莫大な利が見込めるぞ!」


しかしルークスはすぐに首を横に振る。


「まずは皇妃殿下に献上する予定だよ。殿下の御側にて使われる品となれば、『これはビック領が開発したもの』と帝国全土に知れ渡る。そうなれば、模倣を試みる者も容易には手を出せなくなるはずだ」


ベンテイガは一瞬唸り、やがて頷いた。


「…上に押さえを置くか。知育玩具と同じ方法を使うわけか、確かに理に適っておる」


続いてルークスはサッカーボールを取り出した。革を縫い合わせた球体は、まだ帝都の誰も見たことのない形状だ。ベンテイガは眉をひそめる。


「これは……遊具か? 見た目は綺麗だが……売れるかどうか……」


ルークスは微笑んだ。


「子供たちが外で体を動かすための遊具だよ。遊びは広まりやすいもの。特にこれは大人数で遊べるから、皇妃殿下が皇子や皇女へ与えれば、一気に貴族社会へ広まる可能性がある」


ベンテイガは腕を組み、少し考え込んだが、やがて苦笑した。


「……わからんな。だが、前にもお前が持ち込んだ知育玩具が、今では商会の一番の売れ筋になっている。ならば信じてみよう。とりあえず、わが商会では貴族向けとして扱うとしよう」


ルークスはさらに提案する。


「皇妃殿下へは最高品質のそろばんとサッカーボールを一つずつ献上する。それとは別に、通常品のそろばん十台とサッカーボール十個を、民生品として献上する予定だ。皇妃殿下から近臣や皇族の縁者へ下賜されれば、それが自然に広まっていくと思うんだ」


ベンテイガは顎髭を撫でながら笑みを浮かべた。


「策士め。確かにそれなら、広まりは早かろう」


さらに彼は商売の勘を働かせ、慎重に切り出した。


「さて……そろばんとサッカーボール。これらをビック領から買うだけでは足りまい。ぜひ、我がバネット商会でも製造させてほしい」


ルークスは少し考えたのち、条件を出した。


「まず、高級品はビック領でのみ生産する。民生品は一台につき一割の利を、ビック領へ還元するなら」


ベンテイガは豪快に笑い、力強く握手を交わした。


「よかろう! これで決まりだ」


こうして合意は成った。


その日の終わり、ルークスはベンテイガに頼みごとをした。


「皇妃殿下への献上品の説明をしたいんだ。これの良さは直接伝えないとわからない。だから、面会の段取りを整えてほしいんだが」


ベンテイガは大きく頷き、商会の者に命を下した。


「任せろ。商会の名にかけて、万事抜かりなく手配しよう」


外はすでに雪がちらつき始めていた。白き冬の帳が帝都を覆うなか、ルークスは心を引き締めた。


――またビック領の名を帝都に響かせてやる。



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