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第142話 新商品を作ろう 02 蹴球の球

家に帰ると、待ってましたと言わんばかりにサクラが箱から飛びだしてきた。


「ねぇ、あたしのボールは?」


胸を張って訊いてくるその表情は、すでに「ある」と決めつけている。


だが、無いと答えると、サクラの顔はみるみる不機嫌に曇り、ぷいっとそっぽを向いて駄々をこね始めた。


「やっぱりヴェゼルは、あたしのこと好きじゃないのね!」


え? 好きだし、可愛いとは思ってるけど、サクラはそもそも妖精だし、なんで、婚約者になったのか、あやふやだし。それにそもそも、こっちはまだ、見た目は六歳だし……と心の中で理論武装しているうちに、サクラがぐいっと目を合わせてくる。


「私を好きなら、ボールを作って!」


完全なる脅迫。ヴェゼルは観念した。


翌朝一番に革職人アトラスの家を訪れ、事情を話すと「もう慣れたもんだ」と言わんばかりに、わずか三十分程度で小型のボールを仕上げてくれた。


アトラスは誇らしげに語る。


「昨日は注文が殺到して大変でしてね。それに加えて、オデッセイ様から皇妃献上用の高品質のサッカーボールの注文もいただきました。いやぁ、職人冥利に尽きますよ!」


そして、小さなサクラ専用ボールを受け取り領館に戻ると、扉を開けた瞬間にサクラが羽で飛びながら、とびついてきた。


「ありがとう! やっぱり私のこと愛してるのね!」


言うが早いか、ボールをひったくり、応接間へと舞い降りる。


そこではアクティが待ち構えており、二人でサッカーを始めた。


最初はぎこちなかったが、次第に笑い声と共に大騒ぎに。


するとフリードが乱入してきた。「お、楽しそうだな! 俺も混ぜろ!」


しかし、しばらく三人で遊んでいたが、やはりサクラ用の小さいボールはフリードには物足りない。


そこで手でボールを握りしめ、サクラに向かって投げつけた。


「ほら、ボールを捕まえてみろ!」


フリードとしては軽く投げたつもりだった。


だが、彼は筋肉の暴走機関車。ボールは空気を裂き、思わずサクラが身をひねって避けるほどのスピードだった。


バキィィンッ!


次の瞬間、後ろの花瓶が粉々に砕け散った。


部屋に緊張が走る。


「……」


すぐに状況を察知したのはアクティだった。サッと立ち上がり、真顔で言う。


「あ、おべんきょう」


そのまま脱兎のごとく部屋を飛び出す。


続いてサクラは「安全地帯!」と叫びながら、ヴェゼルが持っていた箱の中に飛び込み、ぴしゃっと蓋を閉じてしまった。


残されたのは――フリード一人。


「……お、お、俺……」


背中に冷たい汗が流れた瞬間。


ギギギ……と軋むように扉が開き、鬼の形相のオデッセイが登場した。


「フリード……あなた……」


声は低く、地鳴りのように重い。


「な、なあ、聞いてくれ! これは事故で――」


「花瓶を壊すほどの『事故』が、あるかァァァァ!」


烈火のごとく怒鳴りつけられ、フリードの声は情けなく裏返った。必死に弁解するも、次々と飛んでくる叱責の嵐。


「大体あなたはいつも力加減を――!」


「子供の遊びに本気の筋力を持ち込んでどうするの――!」


「その前に部屋の花瓶は何度目だと思ってるの――!」


「昨日の夜も、またあなたが身体強化をアレに使ったから、翌朝は歩くのも大変で……」


一部、関係ない説教もあったようだが、フリードは正座させられ、ひたすら平身低頭。


部屋の外でこっそり覗いていたアクティとサクラは、こそこそ囁き合った。


「やっぱりにげて、せいかいだったね」


「でしょ? ヴェゼルの箱、避難用に最高」





一方でヴェゼルは、心の中でただ一つ願っていた。


(……どうかこの修羅場が、俺に飛び火しませんように)


だがその願いが届くことはなかった。


ボールに気づき、それを持ったオデッセイ。


そして…………


「そういえば、『コレ』はどうしたの? ねぇ、ヴェゼル?」


「ソレ』を持って佇むオデッセイ。


応接間には今日も、花瓶の破片より鋭いオデッセイの雷鳴が轟いていたのだった。


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