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第141話 新商品を作ろう 01

エクストラ宰相の訪問、サマーセット子爵一家の謝罪と賠償――慌ただしい出来事が続いたビック領も、ようやく一息ついた。


館の空気も落ち着きを取り戻し、久々に普段通りのざわめきが戻ってきた頃、領館に来たルークスがヴェゼルに話す。


「そういえば、ヴェゼルが広めたウマイモ、じわじわ普及してきてるぞ」


「へぇ。やっぱり庶民の口に合ったんですね」


ルークスによれば、ウマイモは貴族の食卓にはほとんど上がらない。


だが、庶民にとっては救荒作物そのもの。干ばつや不作に強く、収穫量も多いので必然的に安価になる。


安価で腹を満たせるその芋は、特に低所得者にとって救世主のような存在になっているらしい。


さらに、ビック領特製の「魔物の燻製肉」も、旅人や冒険者、遠征軍の携行食として人気が広まっていた。


ただし、フリードとオデッセイが「製法は惜しまず公開するべきだ」と決断したため、ウマイモの栽培や燻製自体は他領にも広まりつつある。


それでも、「ビック領が最初に広めた」という事実は、周辺の農村で領の評判を大きく高めていた。


「でも、そのおかげか難民や貧民が流れ込んでいるの。人口が増えるのはいいけれど……治安の悪化も心配だわ」

とオデッセイは苦笑する。


ヴェゼルが以前提案して建てた長屋は今も大人気で、供給が追いつかないらしいが、それでも今では領内のあちこちに同様の建築が広がっていた。


低所得層からの評判も上々で、「ビック領は住みやすい」と言われるようになったのだ。だが、それゆえに領政はますます忙しくなる。




そんな折、先日の話の延長でルークスが提案を持ちかけた。


「人口も増えてきたし、仕事をもっと領内で回したい。新しい商品をどうする?」


「うーん……余ってる素材は、積み木の端材と、魔物の革ですよね」


「では、今日は先日話したそろばんを作りましょう」


そしてもう一つ、思いつく。


「あと、サッカーボールって遊び道具も作ってみるか。丸い球を蹴る遊び。子供は絶対遊ぶから」


「丸い玉を蹴る? 何を言ってるんだお前は……」


ルークスは呆れ顔だったが、とりあえずやってみることになった。




その日、領館に集まったのはルークスをはじめ、サクラ、ヴァリー、アクティ、さらにはグロムとコンテッサ。気づけばけっこうな大所帯である。


「なんだか、遠足みたいね」とサクラが笑う。ただ、サクラは今日はポケットではなく、左手に握っている箱にいたいらしい。


そこで、木工といえばパルサーさん。今日は彼女の夫が従者として領館にいたので、急遽呼び寄せてもらった。


「お久しぶりです!ヴェゼル様!」


久々に顔を見せたパルサーは元気そうで、工房は知育玩具のおかげで弟子も増えたと嬉しそうに報告してくれた。


ヴェゼルは用意していた図面を広げる。現代の記憶を頼りに大凡で描いたそろばんの設計図だ。


「これを作りたいんです」


「……な、なんですかこれは!」


パルサーは目を輝かせ、図面に食いついた。


「これだったら、木の端材を使えば、いくらでも作れます! ぜひ挑戦させてください!」


興奮したパルサーはその場で跳ね上がり、弟子たちの待つ工房へ駆け戻っていった。






次に革職人を探すことになった。オデッセイが紹介してくれたのは、流民としてビック領に来たジール一家と同じ時期に来たと言う革職人の一家のだった。


父のアトラス、妻ベリーサ、息子のトライトン。


元は武具職人で、鎧や革の武器防具を手掛けていたが、サマーセットでは汚職が酷かったらしく、役人の賄賂を断ると、それ以降は仕事を干されたということだった。


しかし、この地でも鎧などの需要はそれほどないので、今は細々とバッグなどを作って生計を立てているという。


「ちょうどいい! 是非、試作品を頼みたいんです」


ヴェゼルが説明したのは、革で作る球――サッカーボールだ。


六角形と五角形を組み合わせた本格的なものは難しいので、まずは野球の硬球のような形状、瓢箪型の革を二枚縫い合わせる方法を提案した。


「……これを縫い合わせると、本当に丸くなるのですか?」


「やってみてください」


アトラスは半信半疑だったが、さすがは職人。


何度か型紙を作り試行錯誤して縫い合わせると、不思議と丸みを帯びた球体ができあがった。中にはぼろ布を詰めている。


試作品とはいえ、完成度は十分だった。しかも、作業時間は二時間足らず。




そして、試作品を使って即席の実験?が始まった。


参加したのは、ヴェゼル、ルークス、ヴァリー、さらにトライトンと近所の子供たち四人。ちょうど八人になったので、四対四の「ミニサッカー」が開幕した。


「いいですか? ボールは手で触っちゃダメです。足で蹴って相手の枠に入れたら一点の点数が入ります!」


ルールを簡単に説明すると、子供たちは大興奮で走り回った。


ヴェゼルも、はじめは……楽しかったのだ。ヴァリーは豪快にボールを蹴り飛ばし、ルークスは本気になって子供相手にボールを取りにいく。ヴェゼルは冷静に指示を出して、ドリブル突破……、トライトンは転びながらも必死で追いかける。


「ゴールッ!」


最初の一点が入ると、歓声が爆発した。見守っていた子供や大人たちも「やりたい!」と集まり出す。


しかし、ヴァリーがもう飽きたのか、その後一向にボールに興味を示さず、ずっとヴェゼルの手を握って上機嫌。


「うふふ、今日もいっぱい手をつないでいられるから、嬉しいですね」その満面の笑顔に、ヴェゼルは沈黙し、心の中で、もっと遊びたかったと呟いた。


アクティはやる気満々でボールに向かった――が、次の瞬間、彼女の靴は見事に地面を直撃した。


派手な音とともに自分の足を抱えてぴょんぴょん跳ねる姿に、ルークスが腹を抱えて笑い転げた。


その笑い声が気に入らなかったのか、転がってきたボールを追いかけたアクティは、勢いよくルークスの「足」を蹴り飛ばした。


「ご、ごめんなさい!」と慌てて謝るが、最後に黒く笑ったのをヴェゼルは見逃さなかった。


試合を見ていた大人や子供たちが「このボール、どこで手に入れたんですか!?」


と興奮気味に問われ、ヴェゼルはニヤリと笑った。


「これからビック領で作る予定ですよ。ほしい人は革職人のアトラスさんの工房に注文してください」


それを聞いたアトラスは大喜びで、その場で注文を受けると、急いでボールを作るために自宅へ走っていった。




こうして、とりあえずサッカーボールは、領民の遊びを変えていった。


その日はホーネット村中が、笑い声と歓声で満ちていた。


新しい日常の始まりを告げるように。




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