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第15話 鑑定の儀 その後で -バーグマンの苦悩-

馬車の揺れに合わせて、バーグマンは窓の外を見つめていた。


森や城下町を柔らかな黄金色に染める光景は、どこか現世の穏やかさを思い出させる。


だが、心の奥は穏やかではなかった。娘アビーのことが頭から離れず、胸に重くのしかかる思いが絶えず波打っている。


アビーは鑑定の儀があまりにも衝撃的でその疲れからか、彼の横で肩に寄りかかって寝息を立てていた。


城下町の屋根を柔らかく照らしているのとは対照的に、バーグマンの心の中は光に満たされるどころか、重苦しい思考の渦に支配されていた。


アビーの魔力――全属性魔法。水、火、風、土、聖、すべての属性を操ることができる可能性を秘めた稀有な才能を持つ。


帝国は、こうした稀有な才能を見逃さず、将来的に帝国直属の魔法師団への加入を義務づける可能性が高い。


父として、帝国のイチ貴族としては喜ぶべきことであることは間違いない。だが、その反面、幼い娘の意思がほとんど尊重されず、自由に生きる時間が奪われてしまうかもしれないという恐怖も、同時に存在していた。


「帝国直属の魔法師団……か」


バーグマンは低くつぶやき、握った拳を膝の上でぎゅっと握りしめた。


娘の将来は光り輝くものであることは疑いようもない。しかし、才能が国家により管理され、将来の道筋がほぼ決定される現実は、父として複雑な感情を呼び起こす。



父としての彼の心に、誇りと不安、喜びと恐怖が入り混じる。自由を奪われることの重さは、どれだけ華やかで安全な未来であっても、胸を締め付ける。


「喜ばしいことなのに……どうして、こんなに心が重いのだろう……」


バーグマンは小さくため息をつき、目を閉じた。軍事的な価値、帝国にとっての戦略的意味、社会的な名誉、すべては理解できる。


だが、それと同じくらい、父として娘を守りたいという思いが勝る。


幼い娘の未来を支配されるような状況は、喜びだけでは消えない不安を生むのだった。


馬車が小石の敷かれた道を進む中、バーグマンは同じ馬車に乗るビックたちを見る。フリードだけが別の馬車に一人残されている。


本来はあり得ないが、アビーがヴェゼルと同乗すると言い張ったために、なぜかオデッセイもそちらの馬車に同乗することになったようだ。


オデッセイは優雅に座り、静かに窓の外を見つめ、内心ではヴェゼルの収納魔法とアビーの将来に思いを巡らせていた。ヴェゼルはまだ5歳でありながらも、母の落ち着いた視線を受け、安心した表情を浮かべている。


バーグマンは重い口を開く。


「……オデッセイとヴェゼル、アビーの全属性魔法についてだが、将来、帝国直属の魔法師団に入る可能性。これは……良いことなんだろうか?」


オデッセイは微笑みながらも、眼差しは真剣だ。


「そうね、将来が約束されるという意味では喜ばしいことよ。ただし、強制的に所属させられる可能性があるということは、自由が制限されることでもある。バーグマン様、あなたも心配しているのでしょう?」


バーグマンはうなずく。


「帝国貴族としては喜ばしいことだ。でも、自由は奪われる。それが親として、父として、どう受け止めればいいのか……まだ整理がつかない」


ヴェゼルも寄り添いながら、父と母の会話に耳を傾けている。オデッセイはさらに言葉を重ねる。


「ヴェゼルも同様よ。収納魔法――容量は小さいけれど、非常に稀有な能力だから、将来的に教会に所属する可能性も考えられる。しかし、現状の容量では教会の義務所属にはならないかもしれない。むしろ、逆に言えば、あなたは唯一の例外になりうるのよ」


バーグマンは拳を軽く握り、娘たちを見つめる。ヴェゼルは小さな体でうなずき、アビーも目を輝かせて安心したように微笑む。バーグマンは心の中で、自由と才能の両立を願う気持ちが、少しだけ軽くなったのを感じた。


馬車が城門に差し掛かる頃、バーグマンの胸中は、娘の将来への複雑な思いでいっぱいになっていた。喜びと不安、期待と恐怖、誇りと責任が交錯する。


娘は非凡な魔法の才能を持つが、それと同時に国家によりその将来がほぼ定められてしまう運命を背負っている。


バーグマンがオデッセイに問う。


「……俺は、どうすればいい?」


父として、守るべきものは明確だ。家族とアビーの笑顔、自由、意思。才能の価値を尊重しつつ、強制的に決められる未来から守ること。バーグマンは静かに決意した。


「もし……帝国が娘を引き抜こうとするなら……俺は、彼女の意思が尊重されるよう、できる限りのことをしなければ」


窓の外に広がる光景は、父としての覚悟を象徴するかのように、静かに輝いていた。馬車は中庭を通り、城内へと進む。ヴェゼルは小さな手でアビーに寄り添いながら、父の決意に気づかぬまま、未来への期待を胸に秘めている。



「娘の才能は国家に認められる価値あるものだ。しかし、自由を奪うことは許されない。ヴェゼルの魔法も、成長すれば戦略的価値が高いはずだ。二人とも、無事であれ……」


夕日が差し込む城内、石畳に映る影は長く伸び、父としての責任と覚悟が、静かに刻まれていった。


いつのまにか、気持ちの良い馬車の揺れで、オデッセイもヴェゼルも寝てしまった。


バーグマンは馬車の中で眠るアビーとヴェゼルの二人の姿を目にして、父としての誇りを感じつつも、胸の奥には不安がくすぶる。


「この子たちの才能を、どう守るか……」


心の中で繰り返すその問いは、単純なものではなかった。アビーの全属性魔法――その能力は、帝国、他の貴族たちにとっても価値が高い。もし能力を見込まれ、無理に引き抜かれれば、自由を奪われる可能性がある。



「まずは情報を得ることが肝心だろう」


バーグマンは自分自身に言い聞かせる。戦場で培った経験から、敵の意図や周囲の動きを把握することが、戦略の第一歩であることを知っていた。


ここでの「戦場」は文字通りの戦ではなく、娘たちの未来を左右する社会的・政治的な場であり、彼自身の知略が試される場所だった。



バーグマンは深く息を吸い込み、静かに心を落ち着ける。






馬車は城門をくぐり、中庭へと進む。夕日が差し込む石畳には、父としての決意と戦略の兆しが静かに映し出される。バーグマンの心の中で、父としての責任と愛情が、ゆっくりと確かな形を成していった。



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