第140話 アクティとスイフト二人で遊ぶ、そして捕まる。
子供部屋に連れ出されたアクティとスイフト。
部屋の扉の前には、アクティの侍女セリカと、スイフトの侍女が控えている。
けれども、子供たちが気楽に遊べるようにと、二人の侍女はあえて少し距離を置いて見守っていた。
「ねぇねぇ、これみて!」
アクティが両腕いっぱいに抱えてきたのは、領内で製造した知育玩具の積み木や、国語セット、算数セットだった。
セリカとアクティがせっせと運び込むその姿を見て、スイフトの目は輝く。
「なにこれ! こんなのみたことない!」
「えへへ、うちのりょうでつくったとくべつなおもちゃなの。すごいでしょ?」
セリカは今回は分数セットを持ってきてはいなかった。二人には少し早いと考えた配慮である。
スイフトは夢中になって積み木を積み上げ、アクティが遊び方を教える。
二人の笑い声が響き、侍女たちも思わず柔らかな微笑みを浮かべて見つめていた。
ふと、アクティはスイフトを見ながら考える。
(スイフトくん、かおもかわいいし、せいかくもおだやかでやさしい……。おおきくなったら、ぜったいにもてそう。ローグさまもすてきなおじさま。アルトさまもびじんでやさしい……。さまーせっとりょうは、うちよりもおおきい……ここれはゆうりょうぶっけん!)
アクティの頭が高速回転しはじめると同時に、その唇には邪悪な笑みが浮かんだ。
「ねえ、セリカとそこのじじょさん。おちゃでものんで、おはなししてていいよ」
「えっ? ですが……」とセリカは戸惑ったが、アクティのにこやかな笑顔に押されて頷いた。
「では、少しこちらで」
侍女二人は部屋の隅に席を作って椅子に腰を下ろし、お茶を楽しみながら、アクティとスイフトの幼い頃の話題で盛り上がる。
(よし、これで、きかれるしんぱいは、なくなった……!)
アクティは心の中でガッツポーズを決める。
「ねえ、スイフトくん」
「なぁに?アクティちゃん!」
「スイフトくんは、わたしのことすき?」
スイフトは顔を真っ赤にしながら、モジモジと言った。
「……だ、だいすきだよ! アクティちゃんのこと!」
「ふふ……」アクティはスイフトに気づかれないよう、またもや邪悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ、しょうらい、わたしをスイフトくんの、およめさんにしてくれる?」
「えっ……およめさん?」
「そうだよ。そうしたら、このおもちゃも、あそびほうだいになるし、わたしともずっといっしょだよ!」
スイフトの瞳がキラリと光った。
「ほんとに!? じゃあ、アクティちゃんを、ぼくのおよさんにしてあげる!」
「やった! じゃあ、やくそくね!」
アクティは立ち上がって、小指を差し出した。
「これは、けいやくのやくそく。おにーさまにおしえてもらったの。『ゆびきりげんまん、うそついたら、『やり』せんぼん、のます』っていって」
「え、えぇ!? や、やり!?」
「だいじょうぶ! ただの『ことばのあや』だから!」
スイフトはよく分からないながらも、アクティの小指に自分の小指を絡め、復唱した。
「ゆ、ゆびきりげんまん……うそついたら、や、『やり』せんぼん、のます!」
契約成立。アクティの笑顔は、もう完全に小悪魔のそれだった。
「ぜったいだよ、スイフトくん。もう『やくそく』したんだから、ぜったいね…うふふ」
「う、うん……」
そのとき初めて、スイフトはアクティの邪悪な表情を真正面から見て、ゾクリと身を震わせた。
だが次の瞬間、アクティは周囲を見回して、誰も見ていないことを確認すると――
「だれにもいっちゃだめだよ」
そう囁いてから、スイフトの頬に小さなチュッと音を立てて口づけした。
「!!!」
顔を真っ赤にして飛び上がるスイフト。
アクティの邪悪な笑みなど、吹っ飛んでしまうほどの衝撃。頭の中は真っ白で、胸はドキドキ。
アクティはそんな様子を冷静に観察しながら、心の中でほくそ笑んでいた。
(チョロいわね。あつかいやすくて、いいわね……ふふ!)
こうして、アクティの巧妙な罠にかかったスイフトは、まだ二人だけしか知らない秘密の婚約者となったのであった。
果たしてそれが彼にとって幸せなのか、不幸の始まりなのか。神すら知らない。
ただ、時のみがそれを知る。
ただ一つ確かなのは――アクティの笑みがますます冴え渡っていたことだった。




