表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

148/347

第139話 ローグ子爵の訪問

ルークスが帝都から戻った後、ビック領はいつものように活気に満ちていた。子供たちの声が村に響き、商人たちが市場を往来する。そんな昼下がり、領館に一報が届いた。


「サマーセット領のローグ子爵からです」


そう告げる使者の手には、厳しい筆致で書かれた文があった。


――先の戦の賠償を正式に支払い、謝罪のため、明日にでもビック領を訪れたい。


フリードは眉をひそめ、オデッセイと目を合わせた。戦争で散った命、領民の怒りと悲しみは未だ完全には癒えていない。だが、敵領の主が自ら訪れ、頭を下げようというのだ。


「どう思う?」とフリード。


「断る理由はありません。むしろ、この機会を逃す方が禍根を残します」とオデッセイ。


結局、二人は相談のうえ、来訪を受け入れる返事をした。


その場に居合わせていたアクティが、目を輝かせて声を上げた。


「じゃあ、スイフトくんとあえるのね!」


突然の喜びように皆が驚く。


ルークスの聞くと、どうやらアクティはサマーセット家に囚われていた頃、ローグ子爵の息子スイフトくんと仲良くなり、友達になっていたのだという。


ルークスに聞くと、スイフトの母であるアルトも、夜中にアクティが寂しくて泣いていたとき、やさしく抱きしめてくれたことがあったのだという。


その言葉に場が静まり、敵領の人々の表情が少しだけ変わった。そして、アクティは言う。


「ローグさんも、わたしにあうたびに『ちちとおとうとが、きみにはすまないことをした』って、いってくれてたの」


憎しみだけで割り切れる関係ではなかったことを、子供の言葉が物語っていた。




翌日。


領館の前に、きらびやかな馬車が到着した。


サマーセット子爵家の紋章を掲げたその馬車から、ローグと妻アルト、そして息子スイフトが降り立つ。


随行の従者たちも整列し、領館の門前は一気に緊張の色を帯びた。


挨拶もそこそこに応接室へ通されると、ローグは周囲を見回し、静かに切り出した。


「……アクティ殿とスイフトを、別室で遊ばせていただけますか?」


フリードは無言で頷き、セリカを付き添わせて子供たちを別室に案内した。


「スイフトくん!」


「アクティちゃん!」


二人は再会を喜び、飛び跳ねながら部屋を出ていった。




子供たちの声が廊下に消えたのを確認すると、ビック領の従者や侍女も大勢いるなかで、ローグとアルトは同時にソファから立ち上がり、床に額をつける勢いで深く土下座した。


「このたびは……我らの愚かさにより、尊き命を奪い、貴領に計り知れぬ災厄をもたらしました。誠に、誠に申し訳ございませんでした!」


頭を床に押しつけ、声を上げる二人。その光景に、ビック家の一同は思わず息を呑んだ。


「……顔をお上げください」


沈黙を破ったのはフリードだった。声は低く、だが静かに響いた。


「謝罪の意を受け入れます。これ以上、頭を下げる必要はありません」


そして、ようやくローグとアルトは顔を上げ、安堵の色を浮かべながらも、まだ悔恨の影を残していた。


その後、ローグの従者ハスラーが大きな箱を運び込み、蓋を開けると黄金色の輝きが広がった。金貨五千枚――賠償金である。


「これは戦の責を贖うものの一端にすぎません。ですが……」


ローグは言葉を選びながら続けた。


「いきなりはお互いも領民も納得しないかもしれない。それでも、これからは友として歩めるよう努めたいのです」


フリードとオデッセイは静かにうなずいた。お互いの領民の和解の道は険しいだろう。しかし、第一歩を踏み出すことこそが重要だった。


ふと、ローグが躊躇いがちに口を開いた。


「もし許されるなら……今回の戦で亡くなった方々の墓に、献花させていただきたいのです」


フリードは即座に承諾した。





村の中心にある石碑の前。


戦で倒れた者たちの名が刻まれたその碑の前に、領民が集まっていた。ビック領の民は、ローグ一行を白い目で見つめていた者も大勢いた。憎しみと不信の視線がローグ一行に突き刺さる。


ローグはその視線を真正面から受け止めると、静かに膝をつき、花を手向けた。アルトも隣に座り込み、涙を流しながら祈りを捧げる。


「……二度と、このような愚行を繰り返しません。どうか安らかに」


その声は震えていたが、確かな誠意が込められていた。領民たちは無言で見守り続けた。やがて、少しだけだが空気が和らぎ、敵意が溶け出すように静まった。




 そして、改めて領館の応接室に戻った。


 みんながソファに座ると、ヴェゼルはふと記憶を呼び起こす。


「そういえば、お母さんが昔、錬金塔にいた頃の話を聞いたんです。解毒薬を改良したせいで、サマーセット領の海藻が使われなくなって、大打撃を受けたとか」


ローグは驚いたように目を瞬かせ、そして苦笑した。


「……ええ、事実です。あのときは我が領も随分と苦しみました」


「……ご相談なのですが、今後うちの領で使う予定があるかもしれませんので、その時はサマーセット領から海藻を購入してもいいでしょうか」


「……! それは大歓迎です!」


ローグの顔が明るくなった。敵対ではなく、交易という形で新しい関係を築ける。そこに未来への希望が見えた。


「できれば、サマーセットの海のある街に行ってみたいです」とヴェゼルが言えば、ローグは即座に答えた。


「ぜひ来てください! あの海は帝国内でも誇れる景観です」


「やった!」


 なぜか、横で聞いていたアクティの目が輝き、嬉しさを隠しきれない様子だった。


 それを見ていたフリードとオデッセイは首を傾げて見ていた。





夕暮れ、領館に戻った一同。


フリードは「今夜は泊まっていかれては」と申し出たが、ローグは丁寧に断った。


「本日はこれ以上の厚意を受けるわけにはいきません。ですが、次の機会にはぜひ」


そうしてローグたち家族は、深々と頭を下げて館を後にした。


門を出て行く馬車を見送りながら、ビック家の面々はそれぞれに思う。


戦で流した血は消えない。憎しみも。だが、確かに和解への一歩が刻まれたのだ。


ただひとり、アクティだけは終始にやにやと笑顔を隠せなかった。


「えへへ……スイフトくんに…………」


その無邪気な声に、重かった空気が少し和らぎ、皆の口元にも小さな笑みが浮かんだ。




こうして、ビック領とサマーセット領の関係は、新たな転機を迎えた。


謝罪と和解、そして子供たちの友情。その全てが、未来への道筋を静かに照らしていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ