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第136話 戦争の裁定結果がやってくる 宰相が来た。来てしまった。

朝、空気は冷たく澄み渡り、冬の足音を感じさせる。


エクステラ宰相が率いる騎士団五百騎は、整然と列を作り、馬蹄の響きを響かせながらビック領の平野へと入ってきた。


その数は圧倒的で、遠目にも圧迫感があり、領内の者たちは自然と道端に並び、頭を垂れてその行列を見送るしかなかった。


宰相自身は馬車の中に座し、窓を開けて外の景色を眺める。


畑の収穫具合や村人の営み、家屋の整備状況に目を光らせ、手元の書面と照らし合わせている。


「なるほど……今年は豊作のようだ。見たところ、民の生活も安定している」


一見すると素朴な農村に見えるが、よく観察すれば道や畑の配置、家屋の整頓具合に統制が感じられる。


畑では子供たちが収穫を手伝い、老人たちも無理のない範囲で作業に参加している。


彼らの表情は穏やかで、こちらを見ては礼を尽くす。飢饉や病弱な者が目立たないことから、領政が行き届いていることが一目でわかる。


騎士団の大半は領外に駐留させ、領館前に到着したのはわずか十騎と宰相の馬車のみ。




馬車は静かに門前に停まる。


中からフリードの豪快な声の挨拶が聞こえた。


「ようこそ、ビック領へ! 我が領と家族が歓迎します!」


オデッセイは整然と頭を下げ、知的な印象を与える。


ヴェゼルは六歳にしてその場の空気を読み取り、冷静な目で宰相を観察していた。


その隣にはヴァリーが手を繋ぎ、恋する乙女のような笑みを浮かべてヴェゼルを見つめる。


宰相の眉がわずかに下がる。噂に聞いた「六歳にして婚約者を三人も侍らせるマセガキ」という話は本当のようだ、と彼は思わずため息をつく。


その背後に小柄な幼女が、鋭い目つきで宰相を観察していた。


しかし目が合うと、機転の利いた愛想笑いを浮かべる。


彼女の眼差しは単なる子供のものではなく、相手の心理や状況を瞬時に判断しているのがわかる。


宰相の眼差しが、ほんの一瞬ながら驚きに変わった。




扉が静かに閉じられ、応接室に足を踏み入れたエクステラ宰相は、薄暗い室内に差し込む光に目を細めながら、整然と並べられた机と椅子、壁にかかる地図や簡素な調度品を観察した。


室内の落ち着いた空気、領主家族の礼節をわきまえた佇まい。


だが、エクステラの目には表面の整然さだけでは物足りない、もっと深い情報の欠片を探る習慣が染み付いていた。


「では、裁定の件について伝える。」


低く響く声とともに、宰相は重々しく話を切り出す。


今回の戦争でサマーセット伯爵家がビック騎士爵家に挑み、敗北したこと。


これに対する帝国からの賠償と裁定である。


エクステラは目の前のフリードやオデッセイの顔をじっと見据え、緊張感を漂わせた。


眼光は鋭く、瞬きすら最小限で行われ、卓上に置かれた書類や地図の端まで目を光らせるその姿は、まさに帝国第一主義者の威厳そのものだった。


「サマーセット伯爵家は降爵され、子爵に格下げされる。その領地の一部は帝国直轄地となり、代官が派遣される。さらに、当主ローグの継承は、先日ベントレー公爵が停戦時に定めた通りに追認される。そして、今回の賠償として金貨五千枚をビック騎士爵家に支払うことを命じた」


その告知は、単なる行政的通達に留まらず、エクステラの口調には微妙な苛立ちや不満が滲んでいた。


「そして、フリード騎士爵が望むなら、バルカン帝国は貴殿を男爵位に推挙する用意がある」


彼自身、この戦争の結果や、ビック領が帝国の秩序に対して与える影響を過小評価したいという内心の願望があった。


勝者を過大評価することは帝国秩序を乱す危険であり、だからこそ彼は慎重に、しかし明確に裁定を述べる必要があった。


そして、フリードは陞爵を即座に辞退することを告げた。


「私には分不相応です。自分には騎士爵が似合っています。」


その態度に、エクステラは軽く眉をひそめる。予想通りの、無欲で堅実な返答。


しかし、フリードがオデッセイと目を交わし、頷きを得た瞬間、宰相はその微妙な連携を見逃さなかった。


これはただの家族間の意思疎通以上のものだ。慎重なフリードの選択に隠された計算を、エクステラは鋭く感知した。


次に問われたのは、戦争を主導したサマーセット側の将であるスタンザやクリッパーに対する処罰についてだった。これもフリードは穏やかに告げる。


「こちらが何か罰を望むことはありません。」


その一言に、宰相は内心で複雑な感情を抱く。


自らの権力で裁きを下すべき対象が、敢えてそれを拒むという行為。理性的だが、挑戦的でもある。


これもまた、ビック領の家主たちの特異性を示す証左であり、軽んじるわけにはいかない。


裁定の説明が一通り終わると、エクステラは戦争の詳細について問いただす。


フリードもオデッセイも、巷で語られるほどの英雄譚ではないと、あえて含みを持たせながら答える。


噂は誇張されているが、完全に否定するわけではない。


その微妙な言い回しに、宰相は眉をひそめ、唇を軽く結んだ。


思わず内心で舌打ちするような不満が湧く。


だが、それ以上は口には出さず、表情にわずかな苛立ちを残したままだった。




そして、宰相はふと目を移す。ヴァリーと手をつないでいるヴェゼルだ。


視線は鋭く、しかし心の奥底には計算があるかのように慎重だ。小声で質問する。


「サマーセットの本陣に少数で急襲し、敵の総大将を捕縛したと聞いたが、本当か?」


ヴェゼルは冷静に答える。


「急襲は事実ですが、部下が優秀だったので、私はそこにいただけです。」


その謙遜の言葉に、エクステラは一瞬、眉を上げた。


疑いの色を濃くしながらも、内心では彼の計略通りに少年が過小評価を装っていることを理解し始める。


試しに挑発する。


「なるほど、鬼謀童子と噂される少年も、結局は『りんご一個分の収納魔法のハズレ魔法使い』に過ぎないということか?」


隣に立つヴァリーは、怒りを顕わにしようとしたが、ヴェゼルは静かに手を上げて制止する。


「巷の噂とは勝手に広がり、大きくなるようで、私も困っています。」


この理知的な対応に、宰相は軽く息をのむ。


まだ未成年の子供が自分の悪口や功績の軽視に対して、感情に流されず冷静を保つとは、予想をはるかに超える逸材である。


微かに笑みを浮かべつつ、しかし内心では警戒を強めた。


「将来、帝国のためには早いうちに芽を摘んでおくべきかもしれぬ…」と、思わず心の奥で呟く。


彼の理性と直感がそう告げていた。


部屋の空気は緊張に満ち、エクステラの視線は卓越した知性と計略の片鱗を見せる若き領主の一族に鋭く向けられた。


その眼差しは、表面上は冷徹でありながらも、実際には微細な心理の動きを読み取るための精密機械のようであった。


応接室の静寂の中で、宰相の心中では計略と評価が交錯し、次の行動の可能性を巡らせる。


これからのビック領の成長が、帝国にとって好機となるのか、あるいは脅威となるのか。


エクステラの目は、冷たい決意と共に、未来を見据えていた。



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