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第133話 その後の密談会議ー混沌編

 その夜、ビック領館の奥まった一室に、ひっそりとした灯がともっていた。


壁に掛けられた燭台の炎は静かに揺れ、室内の空気には妙な緊張感と、そしてどうにも拭いきれない緩さが漂っていた。これから始まるのは、領主一家にとって極めて重要な密談であったが――しかし、それは早くも混乱を孕んでいた。


 本来、そこに座るべきはフリード、オデッセイ、そして嫡男ヴェゼルの三人だけである。だが、どうしてもヴェゼルから離れようとしない存在がひとりいた。――ヴァリーである。


 「密談だって、わかっているの?」


 ヴェゼルが低く問いかけると、ヴァリーは一歩も退かず、即座に反論する。


 「わかっています! 私にはもう後がないんです! ヴェゼル様が私にとって、最初で最後の旦那様なんですから! だから、もう絶対に離れません! 私は耳を塞いで、意識をヴェゼル様だけに集中します! そうすれば何も耳に入りません!」


 まるで勝ち誇ったように胸を張るその姿に、オデッセイは思わず額を押さえ、フリードは言葉を失った。


 「もう……好きにして」


 結局、ヴェゼルが深いため息とともに折れることで、この不可解な同席は成立してしまったのである。


 四人が椅子に腰かける中、ヴァリーだけは床に座り込み、当然のようにヴェゼルの腰へ手を回した。


 そしておもむろに顔を寄せ、くんかくんかとヴェゼルの体臭の匂いを嗅ぎはじめる。その陶然とした表情に、室内の空気は一瞬にして凍りついた。


 「耳を塞いでないじゃん」とヴェゼルの呟き。


 「……本当に、こんな人だったのか」


 フリードが吐き捨てるように言い、オデッセイは苦笑を禁じ得ず、ヴェゼルは深々とため息をまた吐いた。


 徐に顔を上げると、ヴァリーが言う。


 「安心してください。私はただ、ヴェゼル様の存在そのものを記憶に刻み込んでいるだけです」


 ヴァリーの真剣な顔に、三人はさらに言葉を失った。一同、しばし沈黙。


 その一方、オデッセイの膝には幼いアクティが眠たげに身を預け、こくりこくりと小さな頭を揺らしていた。


 「もう少しだけ我慢して。あと少しで寝かせてあげるからね」


 オデッセイの声に、アクティは半ば夢の中で「ん……」と答える。ただ、よくみると口元はうっすらと笑っている感じがする。


 そしてヴェゼルの頭には、サクラが頬杖をついてのしかかっていた。


 「顔を下に向けたら、私が落ちちゃうでしょ! 動かないでよ!」


 小さな妖精の抗議に、ヴェゼルは三度(みたび)ため息をつく。彼の自由は、すでにこの密談の時点で完全に奪われていたのだ。




 やがて、どうにか空気が落ち着きを取り戻したところで、フリードが真剣な顔で切り出した。


 「……で、オデッセイ。あのコンテッサという女性を雇って、本当に良かったのか?」


 核心を突く問いに、オデッセイは少し背筋を伸ばし、言葉を選ぶように口を開く。


 「確かに、彼女を迎えることでリスクは生まれるわ。でも、先日公爵様が来たあの場で、ヴェゼルの異質な魔法、サクラの存在、そして……“転生者”の可能性まで、公爵様に匂わせてしまった。もう後戻りはできないのよ」


 室内に静けさが落ちた。炎の揺らぎだけが、彼らの表情を照らす。オデッセイは続ける。


 「でも、その一線を越えたからこそ、公爵様も私たちを裏切れない。私たちもまた、公爵様を裏切れない。いわば、もう一蓮托生よ」


 フリードの眉がわずかに動く。だが、オデッセイの声は強く、揺らぎはなかった。


 「情報が筒抜けになる危険は確かにある。けれど、逆に言えば、公爵から送り込まれたコンテッサを介して、信頼を共有できる。言い方は悪いけれど、彼女も、公爵様も“使いこなさなければ”ならないの。でなければ、この先ますます注目を浴びるビック領を守りきれない」


 フリードは長い沈黙のあと、深く息を吐いた。


 「……なるほどな。たしかに理屈は通っている」


 その表情には迷いが残っていたが、オデッセイの論に否を唱えることはできなかった。


 ヴェゼルも静かに頷く。


 「僕も同意します。お母さんの言う通りだと思う」


 その瞬間、眠っていたはずのアクティが突然むくりと顔を上げた。


 「そのツテで、わたしにすてきな『おむこさん』をさがして!」


 場が凍りついた。次の瞬間、全員の顔にポカンとした表情が広がり、やがて苦笑に変わる。


 「……お前、本当に三歳なのか?」


 フリードの呆れ声に、室内は小さな笑いで包まれた。


 ヴァリーの異様な愛情?執着?、サクラのわがまま、アクティの無邪気?すぎる一言――。


重苦しい空気で始まったはずの密談は、結局のところ笑いと混乱のうちに幕を閉じたのであった。


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